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長者番付について調べてみた。続き。

こんにちは。
前回、吐き気と闘いながら金持ち公開処刑制度高額納税者公示制度について調べてみました。
make-a-progress.hatenadiary.jp

調べているうちになぜにこんな公開「処税」制度を作ったのかと疑問に思い、この制度の起源について調べてみたところ、こんな論文がありました。
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/17483/kbr035-1.2_02.pdf
https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20181119135449.pdf?id=ART0001419756

ここにあることをまとめつつ、ついでに長者番付に載る人たちが所得税収に占める割合も計算してみました。

公示制度の起源

高額納税者公示制度、つまり申告納税公示制度は、1950年のシャウプ勧告を受けて、従来の申告者閲覧制度に代わって導入されました。
歴史的な経緯を見ていきます。

申告納税制度

公示制度は,適正な納税額の申告・納付をいわば客観的なチェックにさらすことで担保するために設けられました。申告納税制度自体は戦前からありましたが,現在のような制度は戦後に導入されました。

戦前

まず法人に対して申告納税制度が適用されました。
元々は賦課課税制度が施行されており,法人のうち,資本金500万円以上又は大蔵大臣指定のものについて課税していましたが,1945年に「所得税法外十六法律改正法律」により申告納税制度を導入しました。この法改正に伴う申告納税制度導入の意図は,大蔵省主税局「法人の申告税制度解説」にあり,

  • 賦課課税制度では法人の申告後,行政の確認と課税額決定が行われその後納付するという手順であったので,戦時中で人手不足の中では徴税に時間がかかり過ぎる
  • 空襲等により財産を焼失しては税金が払えなくなることから,申告と同時に納付させることで徴税を確実にしたい
  • 税務署側の事務の簡略化

が背景にあったようです。申告納税制度を導入したとはいえ,申告と納付を同時に行うとしただけであり,実質的には賦課課税制度でした。

戦後

GHQの改革は税制にも及び,マッカーサーの税制主席顧問レオ・チャーンが申告納税制度を導入するように強く主張したことが「チャーン氏修正案ノ概要」に記録されています。彼の主張は,財産額50万円を超える者を階級A,10万円を超える者をB,そしてそれ以外をCとランク分けした上で,

  • 納税額の計算は納税者に行わせる
  • 納税後に過不足があれば,還付又は追徴課税を行う
  • 申告をしなかった又は虚偽申告をした者には罰則を課す

という3本の柱を中心にしていました。現在の確定申告と同じルールですね。

昭和22年改正と申告納税制度

GHQ担当官ヘンリー・シャベルは「日本における所得税」の中で所得税の在り方についてこのような主張をしています。

  • 広範な基礎を持つべきだが負担となってはならない

→負担となるような高率を課すと脱税などにつながる

  • 公平であるべきだが,Ability-to-payの原則に従わなければならない

累進課税を導入するべきである

そして,この主張に基づきGHQは5つの提案をしてきました。

  • 累進課税所得税を導入
  • 前年度所得による賦課課税制度を廃止し,当年度の予定所得を申告させる予定申告納税にすること
  • 法人税についても予定申告納税にすること
  • 富裕税の創設
  • 贈与税を含む相続税法の改正

この提案はつまり,個人も法人も累進課税かつ申告納税制度を適用しようと言っているわけです。
これに対して日本側は,納税者自身が納税額を計算する申告納税制度は日本人にとって馴染みのないものであり導入は時期尚早だと抵抗を試みました。さらに,GHQから要求された第三者通報制度についても,できる限り導入しない方向に抵抗しました。
しかし,最終的には導入に至りました。その理由は,

  • インフレによる財政支出増大のため,賦課課税制度による徴税では歳出額を賄うことは困難
  • GHQに押し切られた
  • 人手不足により賦課課税制度を維持できない

の3点です。導入された申告課税制度では,一事業年度ごとの決算に基づいて確定申告をするよう義務付けられました。
ここに現在の確定申告をはじめとする税制の原型が誕生しました。

三者通報制度

日本が導入に抵抗感を示した第三者通報制度は,申告額が実際の額より低いなど不誠実な法人の申告を発見した者が税務署長に通報できるとした制度。通報者に対して報償金が支払われました。その金額は,上限を10万円として,本来徴収すべき法人税額の10%です。
嫌いだったらまあとりあえず通報するよね
実質的にはいいがかりの密告制度を採用してしまう美しい国ニッポン

申告書の閲覧制度

納税者自身が計算した納税に係る申告書を公開する制度が申告書閲覧制度です。一定の手続きを経れば,法人が提出した申告書を閲覧できるというものです。第三者通報制度を補完します。クレーマーと言いがかり屋さん生産制度を採用してしまう美しい国ニッポン

申告納税制度導入後

税務署が大パニックになりました。理由は簡単です。

  • 税務署側の準備が整う前に制度施行を迎えた
  • 職員を増員したものの,付け焼き刃的対応だったため,職員が制度をよく分かっていなかった
  • 納税すべき者が急増した

→制度施行初年となる1947年は830万人が納税者となったが,この数字は前年の2倍強。

  • 税務署の信用がなさ過ぎて過少申告のオンパレード

→1948年では納税者の70%が更正処分等を受け,追徴課税額は申告された所得税収入の55%オーバー。もはやギャグみたいな数字ですが,ぜひ紹介に挙げた論文を読んでみてください。
なぜこんなことになったのかというと,新制度で税務署の判定基準が分からず,仮に正直に申告したとしてもその申告額を基準に更生処分を喰らってアホみたいに金を持っていかれるかもという思いが納税者側にあったからです。ただでさえ税務署は大して信用できないのに,さらに当たり判定も不明瞭ということで,更生処分の基準となる申告額は少なくしておこうという防衛策をとったわけです。

シャウプ勧告青色申告

公示制度の(直接の)起源であるシャウプ勧告のお話です。シャウプ勧告は戦後日本の税制に大きな影響を及ぼしました。ちなみにシャウプ勧告は,シャウプ使節団日本税制報告書の通称です。そして,この報告書の中で,青色申告制度と高額所得者公示制度(納税額公示になるのは83年から)を税制改革で導入するように勧告しました。
この当時,個人は言うに及ばず,法人もまともに帳簿をつけていたとは言えない状態にありました。闇取引などにより,表に出せないものが多かったこともあり,あえて帳簿をつけなかったのです。これは過少申告のオンパレードの一因にもなっていました。
シャウプは勧告の中で,
「もし、税務行政が成功することを望むならば、このような納税者の大多数が自発的にその仕事の正当な分前を担当しなければならない。同時に、政府はその信頼を裏切り虚偽あるいは不正な申告をした納税者に対しては厳重に法律を適用することをこのような大多数のものに、保証しなければならない」
と述べました。そして,累進課税制度の維持(最高税率は引き下げた)や富裕税創設(53年廃止)が行われるなど,この勧告を反映した税制改革が行われました。
また,シャウプは過少申告のオンパレードの原因を,税務署がろくに調べず恣意的に見える方法で徴税を行っているため誠実な申告という納税者の協力が得られておらず,一方で納税者の協力が得られないために徴税がこのようなやり方にならざるを得ず,負のスパイラルに陥っていると指摘しました。このスパイラルを脱却するために提案されたものが「青色申告用紙」であり,青色申告では資産および負債に影響する全ての取引を記録するなど規定要項を満たした場合,税務署は課税標準又は欠損金額に誤りがある場合に「のみ」更生等の処分を下せるものとし,見込み課税を行っていた従来よりも納税者の権利が保護されることになりました。要は誠実な申告をした納税者には手を出さないよというアドをあげようということです。そしてこれを規定した法律が1949年12月15日「所得税法の臨時特例等に関する法律」(法律269号)です。

青色申告制度導入後

法人は50%が青色申告をしていたのに対し,個人は5%に過ぎませんでした。法人は会計帳簿が整っていましたが,青色申告をしなかった個人は,申告に合わせた帳簿がわからない(23%)・様子見(18%)・記帳する余裕がない(17%)などの理由で申告をしませんでした。

その後の申告納税制度

青色申告制度を軸にした申告納税制度が何だかんだで定着しました。
なお,富裕税は53年に,第三者通報制度は54年に,そして高額納税者公示制度は2005年に廃止されました。
しかし,いまでも青色申告制度は存続していますし,累進課税制度も存続しています。また,特に国税に関しては,国税通則法という国税に関する一般法が制定され,更正などの手続きや脱税等に対する罰則を定めています。

ちなみに

なぜ「青色」申告なのでしょうか。桃色でも紫色でもいいじゃんと思いませんか?調べてみたところ,こんな話があったそうです。真偽は知りません。
シャウプ「好きな色は?」
日本人「青」
シャウプ「なんで?」
日本人「晴れ晴れ爽快スッキリな感じじゃん?」
シャウプ「うーーーーん,じゃあ真面目な納税者は青色の申告用紙にしようw」
…だそうです。
http://www.kamata-aoiro.or.jp/blue/report.html
もしシャウプに尋ねられた日本人が桃色や紫と答えていたら,妖しい申告用紙になっていたのかもしれませんね。夜の仕事感
今は青色申告という名前こそ残っていますが,用紙は青くないそうです。

長くなったので,長者番付になっている人が占める所得税収内の割合についてはまた今度書きます。