ご注文は進捗ですか?

気になったことを結論が出ないまま置いたりしています。ときどき進捗も置く。

気持ち悪いものほどすぐに認識する謎。

ゐゑーーーーーゐ!
こんばんは。まさにこのエントリを書いている際にPCがフリーズしました。悲しみの中でのエントリです。

ところで,気持ち悪いものや嫌いなものほどすぐに視界に捉える経験をしたことはありませんか?例えば,ヘビやクモ,ゴキブリなどはどういうわけか視界に捉えやすいし視界に入った途端にすぐに「あっ…ヤツだ」と認識できたなんて体験はありませんか?しかも一度目にすると目が離せなくなりませんか?ところでヘビっていうほど気持ち悪いか?
あれ,なんでなんでしょうね?視界には他にもたくさんのものが映っているはずなのに。
とまあ、そんな疑問を解消してみます。

忙しい人のための結論

なんでやたら目について目が離せなくなるのかというと、回避すべき気持ち悪いものは脳の扁桃体にストレートに情報が送られるからです。扁桃体は恐怖に関する反応に関係しているので気持ち悪いものを「ゔぇえ」と認識します。そのため一種の回避行動として注意を払い、その結果として他のものよりやたら目につくようになります。そして目が離せなくなるのは、気持ち悪いものへの意識の処理が優先されて他のものへの意識が相対的に下がるからです。ヘビは本能的に、クモなどは知識的に回避すべきものとして認識され扁桃体にデータが送られます。
これから先は論文の内容をなぞっていきます。長いので引き返すなら今のうちに。

恐怖関連生物と恐怖関連刺激

今回参考にした論文『恐怖関連刺激の視覚探索:ヘビはクモより注意を引く』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcss/18/1/18_1_158/_pdf/-char/ja
に倣って、ヘビやクモを恐怖関連生物とし、それらの写真を見ることで受ける刺激を恐怖関連刺激とします。同様に、ヘビやクモのように恐怖感や不快感とは無関係な生物を恐怖非関連生物とし、それらの写真から受ける刺激を恐怖非関連刺激ということにします。
余談ですが、英語では恐怖症をphobiaといい、ヘビ恐怖症はophidiophobia、クモを恐怖症はarachnophobiaといいます。arachnophobiaは世界で最も罹患者数が多いとも言われているそうです。(『恐怖関連刺激の視覚探索:ヘビはクモより注意を引く』1.3参照)

前提

恐怖関連刺激の検出

実験

論文内で紹介されていますが、Ohman, Flykt, & Esteves (2001)により恐怖関連刺激と恐怖非関連刺激の検出速度に差があるのかを調べる実験が行われました。
この実験が行われた時点では、ヒトはヘビやクモに強い注意を向けることが分かっています。

手法

複数の花やキノコなどの恐怖非関連刺激カテゴリの写真と恐怖関連刺激カテゴリであるヘビやクモの写真を用意し、同一カテゴリからなるマトリクス又は同一カテゴリの中に一枚だけ異なるカテゴリの写真を混ぜたマトリクスを提示する。被験者は提示されたマトリクスが同一カテゴリで構成されているのか否かを答える。
具体的には、花やキノコの写真が複数ある中に一枚だけヘビの写真が入っているマトリクスやクモの写真だけのマトリクス、あるいはヘビの写真複数枚の中に一枚だけ花が混ざっているマトリクスを見せて、被験者に「これは同一カテゴリによるマトリクスか?それとも異物が混ざっているか?」を答えさせるというもの。

結果

恐怖非関連刺激の中に恐怖関連刺激が含まれる場合(花やキノコの中に一枚だけのクモ)の方がその逆(ヘビの写真の中に唯一の花)より判断が速かった。
また、写真の枚数を増やしてマトリクスを大きくすると、恐怖非関連刺激を検出するまでの時間は増えるが、その逆である恐怖関連刺激の検出時間は増加しなかった。つまり、ヘビの中から花を見つけるのはマトリクスを大きくすると時間がかかるが、花の中のクモを見つけるまでの時間はマトリクスの大きさに関係しないということである。恐怖関連刺激はマトリクスの大きさに関係なくよく目立つということがここから言える。

結論

人類の進化の過程で脅威であったヘビやクモには特に強い注意が向けられ、優先的に反応できるようになっている。

反論「単に動物と植物の違いでは?」

Lipp, Derakshan, Waters, & Logies (2004)は、恐怖非関連刺激として花やキノコの代わりに馬と猫を使った。この場合、花やキノコの時よりも恐怖非関連刺激を検出するスピードが上がった。このことから、恐怖関連刺激であるか否かを問わず動物には植物より速く反応するだけではと反論した。

結局のところ…「動物同士での比較でも気持ち悪い方に素早く反応するよ?」

動物の写真は恐怖関連刺激か否かを問わず植物よりも素早く反応することが明らかになり、「ヘビだから」「クモだから」という主張ができなくなっていたところに、Lipp (2006)が希望を持ってきた。Lipp は恐怖非関連刺激において動物は植物より速く反応されることを示したが、ここでは何をしたのかというと、恐怖非関連刺激に鳥と魚を使った。それで同じように実験してみると、鳥と魚よりもヘビとクモに素早く反応することを示せた。つまり、人間は動物の中でも恐怖関連生物に対して優先的に反応していた。

ヘビとクモ、どちらがより早く認識されるのか?

人間が払う注意に関して、視覚的な注意には2つのプロセス:「注意の捕捉」と「注意の拘束」があります。「注意の捕捉」は素早く発見できるかを、「注意の拘束」は目が離せなくなることを意味しています。したがって、ヘビやクモは花の中に1枚だけであっても素早く発見されるので注意を強く捕捉し、また、ヘビの中の1枚の花を見つけるには時間がかかる(=ヘビからなかなか目が離せない)ので、ヘビは強い「注意の拘束」力をもっていることになります。ただ、これだけでは恐怖関連生物のヘビとクモのどちらが一層強く注意を捕捉し拘束するのかはわからないので、柴崎全弘と川合伸幸が実験してくれました。*1論文のタイトルを読めばどちらなのかはわかりますが、とりあえず話を進めます。

実験

ヘビ・クモ・花・キノコを使っての実験とヘビ・クモ・鳥・コアラを使っての実験を行い、ヘビとクモをそれぞれ分析する。

実験1:ヘビ・クモ・花・キノコ(動物と植物の場合*2
手法

ヘビと花、ヘビとキノコ、クモと花、クモとキノコの4通りの組合せで実験を行った。花のみの場合(ターゲット無試行)、ヘビのみの場合(ターゲット無試行)、花の中に一枚だけのヘビの場合(ターゲット有試行)、ヘビの中に一枚だけの花の場合(ターゲット有試行)でマトリクスを作った。ヘビとキノコの場合、クモと花の場合、クモとキノコの場合についても同様である。これらのマトリクスをランダムに提示し、被験者に「提示されたマトリクスは同じカテゴリで構成されているか否か」を判定させた。
被験者がマトリクスを提示されてから判定するまでの時間を潜時とし、被験者ごとに判定したマトリクスに対する潜時の中央値を求めた。

結果
  • ターゲット有試行の場合(花の中にヘビ・ヘビの中に花など)

恐怖関連刺激を検出する方が有意に速かった。また、マトリクスの大きさに関係なく恐怖関連刺激を速く検出することが分かった。例えば、ヘビの中の一枚の花より花の中にヘビが一枚あるの方が速く判定される(クモの場合も同様)。

  • ターゲット無試行の場合(花のみ・ヘビのみなど)

恐怖関連刺激の検出が恐怖非関連刺激の検出に遅れた。マトリクスのサイズが大きくなっても恐怖関連刺激の検出はやはり恐怖非関連刺激の検出よりも有意に遅れた。例えば、キノコのみのマトリクスを「同一カテゴリから構成されている」と判定する時間の方が、ヘビのみのマトリクスを判定するより速かった。ヘビのみとかクモのみとか気持ち悪くてびっくりしたからじゃね?

ヘビとクモ、よりイヤな方は?

どちらも同程度に人間の気を引く(注意を捕捉する)が、より一層目が離せなくなる(注意を拘束する)のはヘビ。
論文によれば、恐怖非関連刺激の中に恐怖関連刺激が一枚だけある場合には、

マトリックスのサイズが 2 × 2 のときの各刺激の検出時間は,866.35 ms ± 53.31(ヘビ),870.88 ms± 46.20(クモ)であった.また,マトリックスのサイズが 3 × 3 のときは,878.95 ms ± 41.28(ヘビ),873.10 ms ± 40.47(クモ)であり,いずれのサイズでもヘビとクモの検出時間に大きな差はみられなかった.

とあり、誤差の範囲を考慮しても差はあまりない。花やキノコの中で一枚だけの恐怖関連刺激なら、ヘビもクモも発見に大差ないということである。よって、いずれも人間の注意を同程度に捕捉する。いずれも同じくらい気持ち悪いという悲しい現実。
では、この場合の逆である恐怖関連刺激のヘビ又はクモの中に一枚だけ花又はキノコがある場合はどうなっているのか。

マトリックスのサイズが 2 × 2 のときの花・キノコの検出時間は,1025.15 ms ± 65.63(ディストラクターがヘビ),892.65 ms ± 49.54(ディストラクターがクモ)であり,ヘビの中から検出するときのほうが遅くなった.また,マトリックスのサイズが 3 × 3 のときは,1037.05 ms ± 49.36(ディストラクターがヘビ),998.90 ms ± 55.37(ディストラクターがクモ)であり,ヘビの中から検出するときのほうが遅くなった.

ヘビの中からきれいなものを見つける方がクモの中からきれいなものを見つけるより遅いということは、ヘビはそれだけ人間の注意を拘束する(=目が離せなくなる)ものであるということになる。
最後に、ヘビのみのマトリクスやクモのみのマトリクスの場合はどうか。

マトリックスのサイズが 2×2 であったときの平均反応潜時は,1159.43 ms ± 67.44(すべてヘビ),1050.15ms ± 53.52(すべてクモ)であった.また,マトリックスのサイズが 3×3 のときは,1369.05 ms ±77.78(すべてヘビ),1124.53 ms ± 62.91(すべてクモ)であり,マトリックスがヘビで構成されていたときのほうが,いずれのサイズでも反応潜時は遅くなった.分散分析の結果,刺激の主効果が有意であり (F(1, 19) = 81.72, p<.001),マトリックスがヘビであったときのほうがクモであったときよりも,ターゲット不在の判断が遅くなった.

つまり、ヘビの方が目を引く(=周囲に注意を差し向けることが難しい)ということである。強力に注意を拘束するのがヘビ。

実験2:ヘビ・クモ・鳥・コアラ(全て動物の場合)
手法

実験1と同じ。

結果
  • ターゲット有試行の場合(鳥の中にヘビ・クモの中にコアラなど)

恐怖関連刺激の方を速く検出した。また、恐怖関連刺激の検出の方が速くなることはマトリクスの大きさに関係ない。例えば、マトリクスの大きさによらず、鳥の中に一枚ヘビがある方が、ヘビの中に一枚鳥がある場合より早く判定されるということ(クモも同様)。

  • ターゲット無試行の場合(ヘビのみ・コアラのみなど)

恐怖関連刺激の検出が恐怖非関連刺激の検出に遅れた。また、マトリクスの大きさに関係なく、恐怖関連刺激の検出は遅れる。例えば、クモのみの場合の方がコアラのみの場合よりも判定に時間がかかるということ(ヘビについても同様)。

ヘビとクモ、よりイヤな方は?

ヘビの方が注意をより強く捕捉・拘束する。
論文によれば、一枚の写真が恐怖関連刺激の場合は、

マトリックスのサイズが 2 × 2 のときの各刺激の検出時間は,878.44 ms ± 29.63(ヘビ),949.53 ms± 33.74(クモ)であった.また,マトリックスのサイズが 3 × 3 のときは,988.56 ms ± 29.80(ヘビ),1008.12 ms ± 28.91(クモ)であり,いずれのサイズでもヘビの検出はクモの検出よりも速くなった.

とのこと。どうやらヘビの方が人間の注意を捕捉するよう。
そして、写真一枚だけが恐怖非関連刺激の場合は、

マトリックスのサイズが 2×2 のときのトリ・コアラの検出時間は,1034.94 ms ± 43.07(ディストラクターがヘビ),956.94 ms ± 29.04(ディストラクターがクモ)であり,ヘビの中から検出するときのほうが遅くなった.また,マトリックスのサイズが 3 × 3 のときは,1085.12 ms ± 41.57(ディストラクターがヘビ),1028.85 ms ± 34.57(ディストラクターがクモ)であり,ヘビの中から検出するときのほうが遅くなった.

とあり、ヘビの方が注意の拘束力が強いらしい。
最後にヘビのみやクモのみで構成されたマトリクスの場合。

マトリックスのサイズが 2×2 であったときの平均反応潜時は,1116.00 ms ± 39.56(すべてヘビ),1102.24ms ± 44.93(すべてクモ)であった.また,マトリックスのサイズが 3×3 のときは,1426.68 ms ±63.31(すべてヘビ),1297.53 ms ± 56.66(すべてクモ)であり,マトリックスがヘビで構成されていたときのほうが,いずれのサイズでもターゲット不在の判断は遅くなった.

したがって、ヘビの方が注意を強く拘束することが分かる。

結論

ヘビ・クモと植物を比較すると、植物の中からヘビ・クモを見つける方がヘビ・クモから植物を見つけるよりも速い。そして、マトリクスを大きくしたとき、ヘビ・クモがターゲット(写真1枚だけ)のときは検出にかかる時間は変化しない(=花の枚数が増えようが一枚のヘビは毎回同じくらいの時間で発見できる)が、植物がターゲットの場合は検出時間は増大した(=ヘビの枚数が増えると一枚の花を見つけるのに時間がかかる)。このことから、植物よりも恐怖関連刺激は注意を捕捉しているしよく目立つ(ポップアップしている)。
ヘビ・クモと動物を比較すると、動物の中からヘビ・クモを見つける方がヘビ・クモの中から動物を見つけるよりも速い。しかし、マトリクスを大きくすると、ヘビ・クモがターゲットの場合も動物がターゲットの場合も、発見までの時間は増加する(=クモから鳥を見つけるより鳥からクモを見つける方が速いが、鳥が増えると一枚のクモを発見するまでに時間がかかる)。したがって、動物の中に恐怖関連刺激があるとき、恐怖関連刺激が注意を捕捉するものの常にポップアップしているわけではない。
ヘビとクモを比較すると、ヘビの方が注意を捕捉し拘束する。

ちなみに

なぜヘビやクモに速く反応できたのか

ヘビやクモなどの恐怖関連刺激を見たときには脳の偏桃体にその視覚情報が送られます。偏桃体に送られると何のメリットがあるのでしょう。

扁桃体の活動は,生体が闘争あるいは逃走反応をとるのに必要な自律神経反応と結びついており (LeDoux, 1996),

生存本能に関係する領域に情報を送っているわけですね。ヘビやクモに対して素早く反応できていたのはこの生存本能的な側面があるようです。

通常,視覚刺激は外側膝状体を経て後頭葉にある 1 次視覚野へと送られるが,外側膝状体や 1 次視覚野を経ずに,上丘と視床枕を介して扁桃体へと送られる経路も存在する (Ohman, 2005) ¨ .この経路は皮質を経由しないために視覚刺激の細かい分析は受けられないが,情報を迅速に扁桃体へ伝えることができるという利点をもつ(Ohman,Carlsson, Lundqvist, & ¨Ingvar, 2007).

扁桃体にデータを送ることで、とにかく速く生存本能による行動を起こせるようになるということですね。

ヘビやクモに対する注意の捕捉と拘束の差

注意の補足は環境要因に関する知識の問題みたいです。

日本にはヒトの生死に関わるほどの強い毒をもったヘビが生息しているが,そのような強い毒をもったクモは生息していない (今泉, 1999; 羽根田, 2004).多くの日本人は,この事実を知識としてもっているため,クモよりもヘビに対する恐怖が強くなり,したがって視覚探索課題ではクモよりもヘビを速く検出できることが予想される.

注意の拘束は程度の問題ですね。

恐怖関連刺激から構成されるマトリックスのときに判断が遅くなるという結果は,恐怖関連刺激は恐怖非関連刺激よりも強く注意を拘束する (Lipp & Waters, 2007) ので,視覚探索が妨害されるためであると説明される.この説明では,恐怖非関連刺激がターゲットのときには,ディストラクターであるヘビ・クモによって視覚探索が妨害され,ターゲットの検出が遅れることを予測する.

ヘビやクモに対する恐怖症の起源

ヘビへの恐怖

人類が進化の過程でヘビの恐怖に晒されてきたことが原因で、人間は祖先が脅威に感じていたものに対する恐怖感を獲得する傾向を生まれながらにして持っているらしいです。要はヘビに咬まれたり捕食されるリスクがあったので天敵回避のための恐怖感ってことですかね。

クモに対する恐怖

ヘビとは異なりクモは人間の天敵にはなりません。人間を捕食するほどのでかいクモはいません。ガストレアくらい
クモへの恐怖は、クモに咬まれることによる感染症を避けるための反応ではないかと指摘する説があります。クモに咬まれると感染症の危険があるという認識が文化的に伝わり、そのことを知識として身につけているがためにクモへの恐怖を抱きやすくなっているという考え方です。
サルを使った実験があり、ヘビとクモのおもちゃを透明なケースに入れてケースの上に餌を置いてサルの反応を見るというものです。この実験では、ヘビのおもちゃの入ったケースにはなかなか手を出そうとしませんでしたが、クモのおもちゃのケースには徐々に手を出すようになったようです。つまり、クモ(のおもちゃ)を本能的に恐れているわけではないということを示されました。これにより、クモへの恐怖感は、文化的に恐怖感を伝達してきた人類に特有のものではないかと言われています。

おわり!

これを調べて書くのに4時間近くかかっています。あほですね。他にもいくつか読んだんですが、ヘビ嫌われすぎじゃない?

*1:繰り返しになるが『恐怖関連刺激の視覚探索:ヘビはクモより注意を引く』

*2:キノコは菌類であって植物ではないが、ここでは恐怖関連刺激が動物で恐怖非関連刺激が動物ではないという対比を明確にするためにキノコを植物に入れておく。