ゾロアスター教について。
おはよう、こんにちは、こんばんは。
今回はゾロアスター教の世界をご紹介。
読んだ本はこちら。
- 作者: 青木健
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2008/03/11
- メディア: 単行本
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概要
ゾロアスター教はある日を境に成立した宗教ではなく、原始ゾロアスター教とでも言える思想の原型があって、これがゾロアスター教として発展したのである。
この思想の原型はザラスシュトラ・スピターという神官により作られたものであり、いわゆる二元論的思想である点に特徴がある。
イラン・ペルシアの歴史区分は、
- 古代オリエン時代:BC3300~BC550
- 古代アーリア民族時代:BC550~AC650
- イスラム時代:AC650~
教祖
先ほどもチラッと名前が出たが、神官ザラスシュトラ・スピターマがゾロアスター教の教祖である。彼は、ハエーチャスパ族神官の家系に生まれたものの、20歳の時に多神教信仰を放棄して出奔した。その後は各地で自分の宗教観を説いて回るが、多神教信仰を放棄して説く彼の思想は受け入れられず、各地で宗教論的紛争を引き起こしていた。この時の彼の信者といえば従兄のマドヨーイモーンだけという、教祖含め二人しかいない超絶弱小宗教組織であった。42歳の時にナオタラ族王カウィ・ウィーシュタースパに気に入られ専属神官としての地位を得る。そしてこれに伴い、これまで伝統的信仰をリードしてきたアーリア人神官たちはその地位を追われた。ザラスシュトラはようやく身分の安定を手に入れたわけである。
身分を安定させた後はやることはただ一つ。そう、勢力拡大である。彼も例に漏れず政略結婚を駆使して基盤固めに勤しんだ。政略結婚の甲斐あって基盤が安定し、彼の思想は娘婿ジャーマースパが承継した。
教え
ザラスシュトラは従来の古代アーリア人の信仰に存在した呪文に自作の韻文「ザーカー」なる呪文を加え、これを中核的儀礼において最重要呪文、聖呪とした。さらにゾロアスター教の主神で叡智の主アフラ・マズダーを生み出し、これを唯一崇拝に値する神だと主張した。
善チーム陣営と悪チーム陣営
そしてアフラ・マズダーの下に6つの天使を配置した。
- ウォフ・マナフ(善思)
- アシャ・ワヒシュタ(天則)
- クシャスラ・ワルヤ(善の王国)
- アールマティ(敬虔)
- ハルワタート(完璧)
- アムルタート(不死)
そしてこれらに対立する悪の枢軸としてこのようなものを生み出した。
- アンラ・マンユ*3(大悪魔、アフラ・マズダーに対応)
- アカ・マカ(悪思、ウォフ・マナフに対応
- ドゥルジ(虚偽、アシャ・ワヒシュタに対応)
- サルヴァ(悪の王国、クシャスラ・ワルヤに対応)
- タローマティ(背教、アールマティに対応)
- タルウィー(熱)
- ザリチャ(油)
最後の二つは何に対応しているのか、そもそも何者?という感じだが、まあとりあえず対応する善悪チームは作られ二元論的要素はクリアしたわけだ。
悪の枢軸チームの悪魔たちの名前は古代アーリア人の信仰していた自然神の名前ではないかという話もある。
態度の軟化
教祖ザラスシュトラは放浪中に各地で物議を醸すだけのことはあり、その教えについても強硬な姿勢をとっていた。それが如実に現れているのは悪魔チームの名前である。古代アーリア人が信仰していた神々を悪魔側につけ、その存在を否定していた。しかし、このような姿勢では支持者の増加は見込めないため、ザラスシュトラの死後は教団の態度も軟化した。アーリア人伝統の信仰との妥協を図ったのだ。まず、古代アーリア人の神々に独自の権能を与え、それぞれに対して伝統的な呪文を容認した。そしてアフラ・マズダーとその配下6天使の下位に配置した。頭ごなしに悪の陣営として否定することはやめたのである。
このような姿勢は儀式にも現れ、教祖時代の「ヤスナ」に加えて古代アーリア人の多神教信仰の要素を含む「ヤシュト」が成立した。
教え
- 現世
現世は善悪の戦いの場であり、戦士たる人間は善陣営につくのか、悪陣営につくのか選ぶことになる。善チームを選んだ場合は、「善行」に励まなければならない。*4
- 死後
ザラスシュトラは死後について、個人の死と世界の終末の二つの世界観を持っていた。
- 個人の死
個人の死は善が悪に敗北した結果であるとされた。そして、肉体は滅び魂は死後4日後に頭から抜け出して天界に行くとされた。そのため、生きている者は死後3日間は悪魔払いの呪文を唱えて死者の魂を守る義務があった。
死は善の敗北によるものと考えられていたため、死体は敗北の象徴とされた。死体は外に曝すか鳥に食べさせる方式をとる曝葬で処理し、残った骨は断崖絶壁に掘った穴の中に放り込んでいた。*5
肉体を抜け出し天界に向かう魂はその道中で審判を受けなければならない。チントワの橋というところで審判を受け、現世で善行に励んだ者は広くて悠々とした道幅の橋を渡り晴れて天界入りを果たす。しかし、悪行が多かったものに対しては道幅が狭い橋となり、その魂は橋を渡ることができずに地獄に落ちるとされていた。
- 世界の終末
地上最後の日に地底から溶岩が溢れ出し人類は飲み込まれる。この溶岩に対する感じ方は善行を積んできたか否かで別れる。
善行に励んできた者は溶岩を「ミルクのよう」に感じ、悪行を多く行ってきた者は「耐えがたい」もののとして感じるとされている。そしてその後の善陣営vs悪陣営の戦いは善陣営側の勝利で決着し、世界は至福に包まれるとされている。(この時には世界に誰もいなくない?)
ここで問題になるのは「世界の終末はいつなのか、そしてその時に自分たちを導いてくれる指導者は誰なのか」ということである。ゾロアスター教では、終末がいつやってくるのかについては言及せず、指導者については次のように説明している。
将来、保存されたザラスシュトラの精子により処女が懐胎しサオシュヤントが生まれる。サオシュヤントは終末の時に救世主として現れて悪を滅ぼす。*6
どこかで似たような話を聞いたことがあるはず。そう、処女懐胎とメシアの話だ。
このサオシュヤントの出現はユダヤ教やキリスト教のメシア思想や大乗仏教の未来思想に影響を与えたと言われている。
儀式
ゾロアスター教には主に4種類の儀式がある。
- ヤスナ祭式
- 浄化祭式
- 人生の通過儀礼
- 年中行事
- ヤスナ祭式
これは最も重要な儀式*7で最高位の神官「ダストゥール」のみが執り行うことを許された。聖火の前でハオマ草なる植物の樹液をアフラ・マズダーに捧げる儀式である。所作実践担当の主神官1人と呪文詠唱担当の副神官2人で行う。
[必要なもの]
・拝火殿
・結界(ヤザシュナ・ガーフ)
・ハオマ草*8
・金属製の乳鉢(ハーヴァニーム)と乳棒(ラーラー)
・バルスマンの小枝33枝*9
・バルスマンの枝を乗せる三日月型の台(マーフ・ルーイ)
・聖なる白牛の尻尾の毛3本
・神に捧げるための牛(1頭?)
[手順]
(主)とあるものは主神官が行う所作で(副)とあるものは副神官が行うものである。
- 拝火殿に結界を張る。結界がないと始まらない。
- 聖火を中心に主神官と副神官が差し向かいで座る。
- (主)マーフ・ルーイ上のバルスマンの枝の束を左手に持つ。
- (主)白牛の尻尾の毛で環を作る。
- (主)犠牲の牛を屠って神に捧げる。
- (主)乳鉢と乳棒でハオマ草をすり潰す。
- (主)ハオマ草の樹液を聖火にかざす。
- (主)かざした樹液を飲み干す。
- (副)6~8の間、ひたすら呪文の詠唱。
- 浄化儀式
浄化儀式は次の3つから構成される。
・バラシュ・ヌーム:死の穢れを祓う。
・ナーフン:時季に応じて行う。
・パードヤーブ:毎日行う。
ここでは最も大掛かりなバラシュ・ヌームを紹介する。
[必要なもの]
・九日九晩の時間
・特別な結界バラシュヌーム・ガーフ
・牛の尿(ニーラング)
[手順]
- 結界を張る。
- 結界内に9つの穴を掘る。
- 最初の穴に全裸で潜る。
- 主神官が大地の女神アールマティへの呪文を詠唱しながら先がスプーンになった9節の棒ナオーガレでニーラングを穴に潜った人間にかける。平たく言えば、穴に潜った人間に神官が呪文を唱えながら牛の尿をかけているのだ。
- 頭にかけられたニーラングで全身を頭、上半身、下半身の順で丁寧に洗う。
- 穴から出る。
- 副神官が連れてきたお浄めの犬に触れて清める。
- 最初の穴でのお清め終わり。
- 第2~第6の穴で1~5を繰り返す。
- 第6の穴で体を洗い終わったら穴の外に出て、頭から砂を被り全身を乾かす。
- 第7~ 第9の穴で頭から真水を被る。
- 地上に出て服を着る。ここでようやく服を着ることが許される。
- 拝火殿の中の部屋(ナーン・ハーネ)に九日九晩籠り、面会謝絶で呪文詠唱*11。この間、食事は手袋をしてスプーンを使わなければならないし、詠唱も起きている寝ているを問わずに絶え間なく行わなければならない。
- 九日九晩にわたるお籠りを終えたらお清めの水(ナヴシュ)を浴びて儀式は終了。
- 人生の通過儀礼
通過儀礼には次のような4つがある。
- 15歳の成人式
- 男子33歳、女子25歳の結婚式
- 葬式
- 神官の叙任儀式
ここでは神官叙任儀式をご紹介。
ゾロアスター教の神官は職階ごとに叙任される。
まずは、駆け出し神官に叙任されるナーヴァルについて。
神官家系に生まれた男子のうち神官になろうとするものは神官学校にて呪文を覚える。その後、叙任式ナーヴァルを経て駆け出し神官となる。
[手順]
- 肉体のお清めのためバラシュヌーム儀式(先述の死の穢れを祓うための儀式)を受ける。
- 魂のお清めのため再度バラシュヌーム儀式を受ける。
- ゲウラーを行う。ゲウラーとは、2名の神官が6日間神官候補者に付き添い、6回のヤスナ儀式を行う。
- ゲウラー明け7日目の朝に全身白色の神官の装束に帽子を被りお披露目会を行う。
- 全員の前で全裸となり、肉体に汚れの象徴である出血がないことを証明する。
- 同席した神官全員の同意を得て叙任が正式に決定する。
- 6日間の断食を経て駆け出し神官(ヘールベド)になる。
なお、駆け出し神官は覚えている呪文の数も少ないし経験値もないので「弱い」神官とされている。そのため、高位の儀式を執り行うことはできない。
次に最高位の神官「ダストゥール」になるための叙任式マルタブについて。
最高位の神官ダストゥールになるためには全呪文の暗記と儀式を正確に撮り行えることが必須条件である。
[手順]
- 10日間のバラシュヌームを行う。
- 11日目にヤスナ祭式暗唱。
- 12日目にウィーデーウダート儀式暗唱。
- これらを全てクリアすると晴れてダストゥールに叙任される。
- 年中儀式
ゾロアスター教独自の暦(1年=30日*12ヶ月+余り5日間)に従って行われる。しかし、現代では勢力分立のため計算方法がそれぞれで異なり揉める原因となっている。
年中儀式には次のようなものがある。
- 1月1日(春分の日を起点とする)から5日までの正月祭(ノウルーズ)
- 2月中旬5日間の中春祭(マヨドーイ・ザルマヤ)
- 4月中旬5日間の初夏祭(マヨドーイ・シュマ)
- 6月中旬5日間の収穫祭(パティシャワヤ)
- 7月中旬5日間の中秋祭(アヤーユリマ)
- 10月中旬5日間の冬至祭(マドヤールヤ)
- 年末の余りの5日間で行う祖先祭(ハマスパスマエーダヤ)
この6天使に捧げられる1~6及び祖先に捧げる7の7大例祭に加えて各神格に対して捧げる祭日が設けられている。
特に祖先祭については、日本でいう「お盆」に近い考え方で、「先祖は災厄あれば地上に降臨して自分たちを守護してくれる」という思想が彼らの中にはあった。先祖から御加護を受けるためには、祖先祭で神官に先祖の名前を名鑑をもとに延々と読み上げてもらう必要があった。さらに名鑑を読み切ると今度は原始教団時代の神話的人物まで読み上げていた。そのため全ての名前を読み上げ切るまでに相当時間がかかる儀式であった。
今回は一旦ここまで。長いね。
*3:「アンリ・マユ」と言われると聞いたことがある人も多いのではないだろうか。そう、Fateシリーズに登場する英霊である。あの英霊はまさにこのアンリ・マンユがモデルである。
*4:この「善行」はイラン高原西部のマゴス神官団の習慣を取り込み次第に変容。その結果、アーリア人の純血を守るため近親婚の推奨、カエルを悪の創造物とみなし毎月カエルを殺す日を設けてカエルを叩き潰すなど、不思議な習慣となった。
*5:このようなやり方は古代アーリア人の自然崇拝によれば自然を最小限度でしか汚さないやり方であったらしい。
*6:善チームはどこに行ったんだ?という疑問が湧いてきます。
*7:この儀式は①古代アーリア人の伝統的な儀式祭式の所作と②「ガーサー」及びそれに関係する呪文群で構成されていたため。ここにも古代アーリア人の慣習や信仰と折り合いをつけた涙ぐましい努力の痕跡を見ることができる。このうち②の「ガーサー」は早々に意味不明となったが、①と②は最重要儀式の構成要素であることから長年関連するものだと考えられてきた。しかし、「ガーサー」の内容が19世紀に解読されると何の関係もないことがわかった。これに対して儀式の権威を守るために神官は「意味内容ではなく声に出すことで発生する空気振動こそが結界の張る上で重要なのだ」と述べている。いや厳しいね。
*8:古代アーリア人が聖なる植物としていたものだが何の植物なのかは分かっていない。そのため現代ではシダ植物で代用している。なお、スウェーデンの古代イラン学者ニーベルクは「ザラスシュトラは麻薬でラリっていたのだ」と言って大炎上した。
*9:枝の本数は儀式の格によって決められている。
*11:九日間籠る儀式といえば、日本では千日回峰行がある。比叡山延暦寺が行っているものが知られているが、この延暦寺は天台宗で大乗仏教系である。ゾロアスター教は大乗仏教に影響を与えたと言われているが、この千日回峰行も影響を受けたものの一つなのかもしれない。