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タコの隠れ家選びと色。

今日からJSTでは12月です。今年も残すところあとわずかになりました。
そして12月といえば…そうです。アドベントカレンダーです。
今年も1人アドベントカレンダーをやろうかなと思っています。何をテーマにやろうかなと考えたのですが、読んだ論文をざっくり要約して気になった点を調べてみるというのを今年のアドベントカレンダーのテーマにしようと思います。
今回はタコの話ですが、今後は遺伝子工学と癌治療だとか意識の話だとかが増えていくと思います。
ということでこれまでと何一つ代わり映えしませんが、やっていきたいと思います。
ではいってみよー。

スナダコには視覚があるのではという研究について以前載せたが、今回はタコの隠れ家選びに背景の色は関係するのかという研究のお話。
www.jstage.jst.go.jp

タコの視覚に関する以前のエントリはこちらから。
make-a-progress.hatenadiary.jp

概要

今回の実験は色覚を持たないマダコと色覚を持っているであろうスナダコを対象に、異なる色の実験水槽に対して異なる色の隠れ場を設置して色の選択性を調べたものである。
結果は背景色と選択された隠れ家の色に関係はなかった。背景色に関係なく、黒や赤、橙を選ぶ傾向が認められたのだが、これはマダコ・スナダコともに暗く見えた色を選択したものと考えられる。網膜感度のピークなどから黒や赤、橙はマダコにとっては濃いグレーに、スナダコにとっては暗い褐色や褐色に見えているはずだと考えられているためである。
この実験で見られた特異的な点は、スナダコが背景色と同色の隠れ家を選んだケースが見られたことだ。赤や橙、黄色のケースでこのような結果が得られたが、このうち赤や橙は網膜感度で説明できる。黄色については、網膜の光受容感度の違いで説明が試みられている。つまり、スナダコの光受容感度の帯域はマダコのそれより狭いか短波長寄りにあり、黄色素材から受容される光エネルギーはごくわずかなもので非常に暗く見えていると可能性があると考えることができるというものだ。

手順

  1. マダコ10匹とスナダコ14匹に対して、1個体ずつ実験水槽に入れる。
  2. どの隠れ場に入っているのかを9時から18時までの間30分間ごとに記録する。
  3. 両種の隠れ場の選択頻度について、隠れ場の色の違いで有意差が見られるのか否かを背景色ごとに分散分析により検定する。有意差が見られたものについてはTukey-testによる多重比較を行った。

背景の色は黒・赤・橙・黄・緑・青・白で、隠れ場の色は黒・赤・橙・黄・緑・青・白・透明である。
低照度における実験の背景色は黒・青・黄の三色としている。

なお、実験では環境の照度の違いによる波長認識の差が生じる恐れがあるため、高照度と低照度の2つの環境を用意している。これは頭足類がもつ視細胞が感桿型と言われるタイプであり、purkinje shiftという現象を起こす可能性があるからである。purkinje shiftとは低照度になるにつれて長波長側に波長認識が移っていく現象をいう。つまり、暗くなるにつれて赤に近い色ほど感度が上がっていくということ。

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色の波長*1

結果

照度別の結果

  • 高照度下での実験

マダコ・スナダコともに、
隠れ場の外にいる場合→動き回るor腕を反り上げて胴部を隠すようにして静止
隠れ馬の中にいる場合→身を隠すようにして静止

  • 低照度下での実験

マダコ・スナダコともに、
隠れ場の外にいる場合→ほとんどのケースで腕を広げて静止
隠れ場の中にいる場合→身を隠すようにして静止し眼球部だけを隠れ場の外に出す
なお、隠れ家の外にいたケースと中にいたケースの比率は、
高照度下のマダコで446:485,低照度下で290:109,
高照度下のスナダコで443:488,低照度下で281:118となった。
したがって、低照度下における場合の方が隠れ場の要求は低いということになる。
なお、照度によって値が大きく異なるのは、高照度での実験と異なり低照度での実験において背景色を3色としているためである。

両種の色選択

マダコの高照度での色選択は黒が最多で赤・橙がこれに続き、低照度では黒・橙・赤の順となった。スナダコは、高照度では黒・赤・橙の順に多く、低照度では橙が最多で黒・赤がこれに続く結果となった。
背景色ごとの隠れ場に入っているケースの頻度から、色選択は背景色ごとにランダムになされており、隠れ場と背景色に関連性は見られなかった。

分散分析にかけてみる

有意水準をp=0.05とし、背景色ごとのFを求める。なお、F_0.05=2.21である。
マダコの高照度下の黒はF=4.89,黄はF=8.02であり、有意差があった。
同様にしてスナダコでは赤はF=3.22,黄はF=3.73であり、有意差があった。
そこで、これらの背景色を多重比較にかけてみる。

多重比較してみる

マダコは背景色が黒のとき隠れ家の色が黒のケースの頻度が最も高かった。
他の色との間のq値(間違いをどの程度許容するかを表す値)がいずれもq_0.05境界値を上回った。黄の場合も同様の結果となった。
つまり、マダコは背景色が黒・黄において隠れ場の色が黒となる色選択の頻度が有意に高い。
スナダコは背景色赤に対して隠れ場の色が黒となる色選択のケースでいずれの色との間のq値を上回った。黄の場合も同様である。
したがって、スナダコは背景色が赤・黄の場合において隠れ場の色が黒になる色選択の頻度が有意に高い。

考察

論文によれば、両種とも背景色に関係なく黒・赤・橙の隠れ場を選択する傾向がみられた。マダコは色覚がないとされており、その網膜感度は475nmにピークがあるとされている。したがって、マダコにとって赤や橙は濃いグレーに見えているはずである(下図の人間に当てはめるとA型?)。
一方のスナダコは色覚を有する可能性が指摘されているが、一般的にタコは長波長色に対する感度が低いとされている。そのため、スナダコにとって赤は暗い褐色に、橙は褐色に見えていると考えられている。(人間に当てはめるとP型とD型にちかい?)
以上より、タコの色選択は、特定の色を認識して隠れ場所を選んでいる可能性や背景と隠れ場のコントラストを元に色を選択している可能性は低く、暗く見えている隠れ場を選択したものと考えられる。

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参考資料:色盲者(A型)の見え方*2

スナダコの特異性

今回の実験において、スナダコに特異性が見られたという。それはスナダコの色選択では背景色と同じ色を選んだケースが見られたということだ。
黒や赤の選択は網膜感度により暗く見えていることから説明されるが、黄色については光の受容感度から説明を試みている。
430nm~650nmにおいて5nmごとにマダコの網膜感度曲線と各色の値との積分値をとり、白と網膜感度曲線との積分値を1として他の色を比べると、黒は0.05,赤は0.08,橙は0.12となり、マダコはこれらの色をほとんど受容していない。これに続く色は黄だが橙に比べて約2倍の0.23で次に大きい青の0.29と比べて低いといえる値ではない。これは、黄・青・緑がマダコにとって比較的明るく見えており、反対に黒・赤・橙は暗く見えていることを意味し、隠れ家として暗く見えている色が選択された結果に一致する。
黄色の波長とスペクトルの関係図を見ると500nm~550nmで急激に変化していることがわかる。もし仮に、スナダコの光受容感度がマダコのそれよりも狭い領域にあるか短波長寄りにあるならば(一般にタコ類は長波長の受容感度が低いため)、スナダコの黄色の受容はわずかなものになり暗く見えていることになる。したがって、この仮説のもとではスナダコにとって黄色もまた暗い色として認識されることになる。

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マダコの網膜感度と色の波長及び反射率(論文より)

*1:大阪大 石島研 www.fbs.osaka-u.ac.jp

*2:cud.nagoya