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社会脳:自他の境界形成

こんにちは。
今回は意識に関して、社会は脳のどのネットワークに由来するのか、そして脳内にあるネットワークが自意識にどのように関わっているのかというお話。
「社会脳」という言葉を初めて聞きました…
今回の論文はこちら。
www.jstage.jst.go.jp
ではいってみよー。

意識のNCC問題

「意識のNCC(Neural Correlates of Consciousnesses )問題」とは、文字通り「意識の形成には脳内の特定領域が関与するのか」という問題のこと。
社会脳においては、意識とは「社会的意識形成を担う複雑なハブ的役割を果たすネットワークが相互作用することで生成されるもの」と考えている。
では「ハブ的役割を果たすネットワーク」とは何を指しているのか。それは次の2つのネットワークである。

  • 認知性ネットワーク:代表的なものにワーキング・メモリ・ネットワーク(WMN)
  • 社会性ネットワーク:代表的なものとしてデフォルト・メモリ・ネットワーク(DMN)

WMN・DMNについては次の項で説明する。

脳内ネットワーク

社会性ネットワークとしてのDMN

そもそもDMNはある目標のために意識的な活動をしていない状態で働いている脳のネットワークのことを指す。このDMNは主に脳の内側領域が連携して形成されている。脳の内側領域とは、内側前頭前野(MPFC)、後頭帯状回(PCC)、楔前部(Precuneus)、後部頭頂小葉(IPL)などがある。DMNを形成するこれらの領域は心の理論課題*1などで活性化する領域と重なっている。したがって、社会性ネットワークと名付けている。

認知性ネットワークとしてのWMN

WMNは、ある目標のために課題解決を行う際に働くネットワークのことである。DMNと異なり、目標志向的で、外部からの情報を得て、注意の焦点化などを意識的にコントロールするように働く。このネットワークは、背外側前頭前野(DLPFC)、前部帯状回(ACC)、後部頭頂葉(SPL/IPL)など主に脳の外部領域が連携することで形成される。

DMNとWMNは競合的な関係にあるが、その競合的作用が協調的にも働いている。

社会的意識の形成

社会的意識の形成には、DMN・WMN・背側注意(DAN)・顕著性(SN)・感覚運動・視覚・聴覚などのネットワークが競合・協調して社会性意識を形成している。
WMNは外部との情報のやり取りが伴うため、感覚運動や視覚、聴覚とはより協調的な関係にある。また顕著性はDMNとWMNを調整していること考えられている。

ヒト固有の意識

脳のネットワークから意識が発生する説明ではヒト固有の意識については説明し切れていない。そこでヒトに固有の意識において鍵となるのは、

  • WMNの再帰的機能
  • WMNからDMNへの大域的な再帰性
  • SNのような調整役

である。キーワードは「再帰性」ということになる。
自己の認識というのは「他者から見た自己」を通じてなされている。この対置関係により獲得される自己は再帰的自己というべきものである。他者を通じて自己を認識するとうことは自己意識、つまり自他の境界は他者を認識するところから形成されるということを意味している。したがって、前頭前野*2が未熟なためワーキング・メモリが十分に発達していない乳幼児は自己意識が希薄であると言える。

自他の境界

乳幼児から5歳児あたりまでの自己意識の発達についてみていく。
・2ヶ月くらいの乳幼児:自分の目の前で手を動かしそれを見るハンドリガードという行動をとる。これは動かした手が自分の身体の一部であるという認識(身体保持感)や自身の身体を自分で動かす運動主体感を身につけると同時に、自身と外部を分離する社会性認識の準備をしていると考えられている。
・〜2歳くらい:鏡に映る自分を自分だと認識する鏡像認知ができるようになる。
・3〜4歳:自己意識情動の芽生え。自己に対する「恥ずかしい」という情動を他者の目に映る自己を通じて感じるようになる。これが「再帰的自己」である。このように他者を通じて自己を再帰的に評価できるようになることで自身の行動をモニタリングできるようになる。そしてこのモニタリング機能がWMNへと発展していくのである。
・5歳くらい:心の理論課題や誤信念課題(False Belief Test:FBT)*3をクリアできるようになる。つまり、他者の心を類推して理解できるようになる。これは明確な自他の区別の始まりであり、この自他の区別がやがて社会の中で自己を位置付けることにつながっていく。自他の区別の始まりあたりまでは認知性ネットワークが社会性ネットワークに先行している。小児期は目標志向的に自他を区別していることになる。小児期は様々なものが新鮮で外部環境から多くのことを学習しているということを踏まえれば当然であろう。

志向的意識と社会性ネットワーク

他者の心を推定するDMN(心の理論ネットワーク)の水準としては次のようなものがある。

  • 1次志向性:「Xは、…と思う」→この程度であれば、再帰性が弱くても内容を理解することができる。
  • 2次志向性:「Xは、『Yが、…と考えている』と思う」→2次の場合、入れ子構造となり再帰性が必要になる。

3次以上の場合、入れ子構造がさらに深くなっていくので内容を理解するためにはWMNの再帰機能が必要になる。
つまり、1次であればDMNで対応できるが、2次以上の場合は入れ子構造になるため再帰性が必要になる。したがって、推定する他者の意識が1次ではDMNを、2次以上の場合はWMNの再帰性機能も動員していることになり、このことが2次以上では社会性ネットワークとしてのDMNを抑制していると言える。この抑制を切り替えと見ればDMNとWMNは協調的関係にあると捉えることもできる。
ちなみに成人の場合はワーキング・メモリの制約上、入れ子構造の情報を操作・保持できる次数は4が限界と言われている。

終わり。難しいこの分野…

*1:他者の心を類推し理解する能力を測るテストのこと。

*2:ワーキング・メモリを司る領域。社会的行動にも関与しているため、ヒトがヒトたるために不可欠な部位。 bsd.neuroinf.jp

*3:心の理論課題の1つ。他者の心や信念が自分のものと異なることを認識できるかを測るテスト。例えば、被験者に対して次のようなシチュエーションを設定して質問を投げる。Aが赤い箱におもちゃをしまい退室した後にBがそのおもちゃを赤い箱から隣にある青い箱に移した。そしてそのことを知らないAが部屋に戻ってきておもちゃを取り出そうとするとき、Aは赤の箱を開けるか青の箱を開けるか。これに赤と答えた時、被験者はAの状況を自身の中に投影できていると判断される。