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自己制御における意識と無意識

今回は自己制御に無意識が果たす役割が大きいよというお話。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/81/5/81_5_485/_pdf

自己制御のプロセス

人間の複雑な精神活動や行動における複雑な自己制御プロセスにおいて、従来は意識的な選択や努力が不可欠と言われてきた。しかし、昨今の研究によって、自己制御を含む多くの行動が無意識的なプロセスによって複雑な判断や行動が可能になっているということが明らかになっている。

自己制御はコスパが悪い?

意識的な自己制御は容量制限が厳しい上に、しばしば意図したものの逆効果をもたらす。これを「抑制の逆効果説」という。

容量制限について

普段意識しない基礎的感覚や知覚の想起をあえて意識的に行おうとすると自動的なプロセスの作用が阻害される。
また、単純なタスクの達成を意識させても作業効率は上がらない。これは達成動機付けのプライミング*1を通じた無意識の達成が阻害されるためである。
これらの例として、呼吸を常に意識的に行おうとする、あるいは歩く際に足を左右交互に出すことを意識的に行うと不自然なペースになることが挙げられる。
さらに複雑さの異なる判断タスクにおいて、
意識的思考条件:「一定時間、意識的熟慮をする」
を課した場合、問題が複雑になる程決定の質が下がる。一方で、この条件を阻害したところ、つまり、一定時間の意識的熟慮が行われないように措置を取ると、問題が複雑になったとしても決定の質は落ちない。
このことは意識的な決定は課題の複雑さが増すにつれて判断の質が落ちるが、無意識的な決定はそうならないということを示唆している。

逆説的な効果について

「望まない思考を意識的に抑制しようとすると、その思考がむしろ増幅する」という現象がある。本番を前にして失敗するビジョンを押さえつけようとすると、むしろ失敗するビジョンばかり出てくる現象がまさにこれである。
意識的な抑制努力は、意識的な抑制の実行と比較的無意識な監視過程の2つのフェーズから構成されている。意識的な抑制の実行は効率が悪いと容易に崩壊し、その結果、フェーズ2の比較的無意識な監視過程による活性化効果のみが残る。ここでいう活性化とは、ある目標を達成しようと追求することで優先順位が上がること、つまりその目標達成のためにリソースが優先的に割かれることをいう。

意識的抑制と無意識的抑制の比較

統制条件:「外国人労働者の典型的な1日を推測し記述せよ」に対して意識的抑制条件:「ステレオタイプ的な記述は控えた上で記述せよ」を設定する。この場合では意識的抑制条件の方でステレオタイプ的な記述が抑制された。しかし、印象評定試験では意識的抑制条件を課した方ではステレオタイプ的な評定が促進された。これをリバウンド効果という。
一方で無意識的抑制条件では事前に平等主義の目標に関する語句に触れたことでステレオタイプの抑制がなされ、その結果、ステレオタイプ的な記述が抑制されリバウンド効果も見られなかった。
このことは無意識に委ねる方が「良い」こともあるということを示唆している。

論文研究の目的

ここまで事前研究の紹介をしてきたが、今回の論文における目的は、自己制御における意識的プロセスと無意識的プロセスの関係を検討することである。この2つのプロセスが協働する効果的な自己制御を提案することを目指す。

意識とは

時間的・空間的な制約を超えた思考を通じて、実際に経験せずとも連合を新たに形成あるいは既存のものを編集するものをいう。例えば、歩きながら明日の旅行先で巡るスポットについて考えることなど。
意識的プロセスは環境要因を手掛かりを心的に編集し新しい反応を生み出すことをいう。そして無意識的プロセスは原則として反復学習を通じて形成される連合を通じた活性化拡散の恩恵である。つまり、何度も繰り返して身につけた行動を「自然に」できるようにするということである。
意識的プロセスは目の前の環境に対して効率的な反応を示すのに対して、無意識的プロセスは未知・未経験のものは連合が形成されていないために、それのみではうまくできない。つまり、未経験のものと対峙したときには意識的プロセスが対処し、反復を通じて回路が確立されると無意識的プロセスが担当するようになるということである。

意識の編集(実行意図(Gollwitzer,1993)の議論の中核的仮定)

Gollwitzerは目標意図と実行意図を明確に区別している。
目標意図は、ある動作・行動を達成しようとする意識的意図、例えば買い物に行こうなどのことである。意図と実行にギャップ(意識的な努力なしに実行される)がある。「休日に『今日は充実した1日を過ごそう』と思ったけど結局寝て終わった」が好例である。
実行意図は、if-then形式である。これは、環境的変化をトリガーとして実行しようとする意図のことである。実行意図は行動と連関させた環境要因の発生によって自動的に実行がなされるので、意識的プロセスに依存しない実行が可能になる。
意識的プロセスと無意識的プロセスの協働の観点から見ると、最も効率的な自己制御は意識的に任意の連合を編集して無意識的プロセスにその実行を委ねるということになる。

実験

2つの競合的観念:目標と誘惑を用いる。誘惑の活性化は目標の活性化を抑制する。

参加者

参加者は都内の大学生143名(M103名、F40名、年齢範囲18~22、average18.59)である。

検証仮説

検証することは、次の仮説である。

  1. H1:勉強(目標)プライミングは勉強目標を活性化させ、勉強課題の成績を促進させる。
  2. H2:遊び(誘惑)プライミングは遊び目標を活性化させ、勉強課題の成績を阻害する。
  3. H3:プライミングの前に、遊びを誘惑刺激として遊びの誘惑がある時にこそむしろ勉強すべきという連合を意識的に形成された場合では、遊びプライミングは勉強課題の成績を促進する。

方法

3つのセクション:イメージング課題・乱文構成課題・集中力トレーニング(と「称した」3つの課題)からなる実験を行う。

イメージング課題(と称した課題)

実行意図による意識的編集の操作を行う。これは指定された状況に対して、詳細な記述を想像して行うというものである。
意識的編集がある条件群では、「遊びの誘惑があってもそれに負けず目標を達成できた様子を思い描け。このとき誘惑に屈することなくどのように行動しているだろうか?また何を考えているだろうか?」という問題を課した。
意識的編集がない条件群に対しては、「家から学校までの道のりを思い描け。このときどのように行動しているだろうか。また何を考えているだろうか?」という問題が課された。

乱文構成課題(と称した課題)

与えられた単語群で文章を完成させるプライミング操作を行う。
目標プライミング条件群では勉強(目標)に関する文章が完成されるような単語群を与えられた。
統制プライミング群には中性的な文章が完成されるような単語群が与えられた。
これは先行研究によって報告された、「乱文構成課題によって課題中に特定の意味観念に接触させるとその影響や操作の意図を自覚させずに概念の接近可能性を高める」という結果に基づいて行われている。

集中力トレーニング(と称する課題)

エラー探索課題による行動指標を測定する。具体的には、数字で埋められた20*20のマトリクスと、同じサイズで水平回転した上で数字を30箇所変えたものを用意する。そして、この2つを比較して間違い探しをさせる。勉強に動機付けされているほどこの課題のパフォーマンスが向上すると考えられる。

確認

最後にプライミングの効果やセクション間の関連に無自覚であったことを確認する。

結果

3つのプライミング(目的プライミング・誘惑プライミング・統制プライミング)それぞれに対する2つの意識的編集(意識的編集がある場合・意識的編集がない場合)の分散分析を行った。これによって、プライミングの主効果が有意であった。つまり、目的プライミングは他の2つより有意に課題のパフォーマンスが高かった。また意識的編集の主効果が有意であった。つまり、意識的編集がある場合はない場合より有意にパフォーマンスが高かった。
このことはプライミングと意識的編集に有意な相互作用があったことを意味する。意識的編集の単純主効果検定で誘惑プライミングにおける意識的編集は無かった場合に比べて有意にパフォーマンスが高かった。目的プライミングと統制プライミングでは意識的編集の有無で有意差が無かった。
ライミングの単純主効果検定及び多重比較で意識的編集の無かった場合、目的プライミングは統制的プライミングよりパフォーマンスが高かった。また、誘惑プライミングは統制プライミングよりパフォーマンスが低かった。意識的編集がある場合、目的プライミング・誘惑プライミングは統制プライミングよりパフォーマンスが高かった。これは意識的編集がある場合においては目的プライミングと誘惑プライミングともにパフォーマンスを促進することを示唆している。

考察

目的プライミングは無意識的にパフォーマンスが向上した。つまりプライミングされた目標に対応した行動が無意識的に成績を促進した。
意識的編集がない条件の場合、目的プライミングはパフォーマンスを向上させた。一方で誘惑プライミングはパフォーマンスを阻害した。意識的編集がある場合は、目的プライミング・誘惑プライミングともにパフォーマンスを向上した。
これらを総合すると、実行意図による意識的編集は意識的な努力ではない=if-then形式により目標を意識的に設定したのちには無意識が行動を引き起こす、つまり無意識による行動は意識による効率の悪い行動ではないために心的リソースを節約できるという事になる。
ただし、この実験では目標の活性化は測定できなかった。if-then形式は目標達成のためのトリガーとなる状況と行動を連関させるので、誘惑によって目標志向行動の促進が目標の活性化に媒介されたものなのかは不明である。

おわり。
不慣れで回路ができないうちは毎回意識的に行う、しかし慣れると特に考えることもなくできるようになるというのは実体験にかなっていますね。
そしてトリガーをうまく設定しておけば、実行したい行動が少ない労力で引き起こされるということです。

*1:言葉や物体の認識による先行刺激=プライムが後の行動=トリガーに無意識的に影響を与える効果のこと。