ご注文は進捗ですか?

気になったことを結論が出ないまま置いたりしています。ときどき進捗も置く。

植物に意識はあるのか?

この前、「植物には意識がある」という話をみた。
このような主張をしている分野を植物神経生物学というのだが、ど素人の中の人からするとまあ納得のいく説明だった。
ところがこの「植物には意識がある」という主張を植物生理学の研究チームが論文内で真っ向から否定した。
その論文がこちら。
https://www.cell.com/trends/plant-science/fulltext/S1360-1385(19)30126-8
同日にこの論文の筆者がコメントを出している。それがこちら。
news.ucsc.edu


植物に意識があるとする植物神経生物学では、植物は化学物質を通じて周囲の植物とコミニュケーションをとっているとしている。
一方で、これに反論した上記論文では、脳の構造や機能などの複雑性からして動物以外に意識は持ち得ないとしている。

Based on a survey of the brain anatomy, functional complexity, and behaviors of a broad spectrum of animals, criteria were established for the emergence of consciousness. The only animals that satisfied these criteria were the vertebrates (including fish), arthropods (e.g., insects, crabs), and cephalopods (e.g., octopuses, squids).

そして、Lincoln Taizは脳についてこのように述べている。

“What we’ve seen is that plants and animals evolved very different life strategies. The brain is a very expensive organ, and there's absolutely no advantage to the plant to have a highly developed nervous system.”

動物とは進化の過程が大きく異なりその構造も単純であることから、植物には複雑な神経系を持つメリットがないということでした。

読んだ記事:nightmareな悪夢

こんにちは。読んだ記事が溜まる一方でまとめエントリは全く追いついていない今日この頃です。
今回は久しぶりにダークはウェブのお話をご紹介。
http://Nightmare Market is pulling up an Exit Scam, Users are Advised to Stay Away

リンク先に行くとめちゃくちゃ長いので、ここでざっくりと紹介します。
ダークなウェブにはいくつかマーケットが存在しますが、その中に Nightmareというマーケットがあります。
今回はそこで起きたお話です。

事始め…

今回の問題の発端はBTCの送受金が正常になされていないことで運営の出口詐欺を疑ったクレームからだった。手元に送信されているはずのBTCがなぜか来ていない。しかしブロックチェーンの履歴を見ると正常に送信されたことになっている。
これは一体どういうことだ、何か問題が起きているのか、あるいは運営側が出口詐欺を企んでいるのではないかという話になった。
当初はこの様なクレームに対して多くのユーザはフィッシングに引っかかっただけだろうと冷たい見方をしていたが、フィッシングにしてはクレームが鎮静化しないということで徐々に「まじで詐欺ろうとしたのか?それともトランザクションがバグったのか?」という見方をする様になった。そしてフォーラムに建てられたスレでは憶測が飛び交う様になっていた。この様な事態に対して運営側は沈黙を貫いていたが、膨らむ一方のユーザの不満を受けて運営から大本営発表をすることに。

大本営発表

ユーザの不満を受けてなされた大本営発表では、運営チームのスタッフSandmanを名乗る人物から次のような弁解が述べられていた。

  • 問題は把握しているが、特に心配する必要はない。
  • 出口詐欺を働く気はなく、ユーザはこれまでどおり自由に取引ができる。
  • 金融システムを全面的にメンテする予定で、この期間中はBTC以外は使えない。
  • トランザクション上の問題により送受金が正常に行われていない取引についてはこれを正しく処理しシステムをアプデする。

この発表後にBTCの送受金システムが停止した。BTCは使えると言ったはずなのになぜ止めたのかは不明。とにかくBTCの利用を停止した。しかし、運営が停止したのは引出しのみ。つまり、入金システムまでは止めていない。何者かが介入してBTCを奪ったことがわかった。

謎の人物登場

この後、フォーラムにithinkyougothacked(I think you got hacked)を名乗る人物が現れ自分がハッキングを行ったのだと主張した。その根拠にいくつかのベンダの最初と最後の単語を組み合わせた語呂合わせmnemonicのリストを投稿した。いくつかのベンダはこれを認めた。この言葉はアカウントを作る際に保存していたようなクリティカルなものであったこともあり、このハッキングで完全なアクセス権を入手していたことが露見する。ハッキングが実際になされたとしても、この人物が真にハッキングを行ったのかは不明なのでハッカー(仮)とする。

ハッカー(仮)との接触

接触を試みると、ハッカー(仮)からは管理者画面やユーザのトランザクション履歴、スタッフ間のやりとりのスクショが送られてきた。ほかにもマーケットの総売上や第三者預金escrow balanceなどのスクショも送られてきた。

その後

こののちnightmareにアクセスするとメンテ画面になったことから、やはり出口詐欺を働いたのではないかという見方が増えた。しかし、しばらくしてから運営チームのSandmanから再び弁解がなされた。その弁解によると、

  • ハッキングはされていない。
  • 複数のフォーラムにおいてなされているハッキングに関する投稿は同一人物によるものである。
  • 今回の犯人は元管理者であり、この元管理者は一身上の都合により既に運営チームから去っている。
  • 元管理者は管理者時代に作った偽のベンダアカウントを使ってサポートメンバのアカウントにアクセスした。そしていくつかのベンダのアカウントをロックアウトして乗っ取った。乗っ取ったアカウントのウォレットから資金を奪った。
  • 今回のトラブルで受けた損害については補償する。

ということが書かれていた。つまり、元管理者は偽アカウントを作ってそれを足がかりにしていたのであって、ハッキングによるものではないという主張を行った。

後日談

なんやかんやでnightmareは復活した。しかしこのようなゴタゴタによってユーザは新たなマーケットSamsare Marketへ移動した。
Alpha Bayの閉鎖に伴うDream Marketへのユーザの流入のように、このような騒動に慣れているユーザは早々に新天地へ移動しダメージからも立ち直っているのだ。

ゾロアスター教について。2

前回のエントリではゾロアスター教の教えや儀式などを紹介しましたが、大きなものが欠けていましたね。そうです、神話と教祖伝説です。
宗教といえば神話と教祖伝説がつきもの。これを紹介せずして話を終えるわけにはいきません。
make-a-progress.hatenadiary.jp

神話が収録されている聖典の話をする前にイラン高原の支配者の変遷を簡単に紹介します。ゾロアスター教は古代アーリア人多神教信仰をはじめとする様々な信仰が跋扈するイラン高原において、ペルアシア帝国による国教化で最盛期を迎えました。この宗教と権力者の関係は重要なのです。
ということでいってみよー。

イラン高原の支配者の変遷

まず前提として教祖ザラスシュトラはBC13~BC7のどこかで生きていたと考えられている。

  1. ハカーマンシュ王朝ペルシア(BC550~BC330)
  2. セレウコス朝シリア(BC312~BC63)
  3. アルシャク朝パルティア(BC247~AC224)
  4. ササン朝ペルシア(224~651)

1のハカーマンシュ王朝は古代アーリア人の宗教を信仰していたようである。ただしザラスシュトラの思想の影響は不明。
2のセレウコス朝ギリシア系のためゾロアスター教を信仰していたとは考えられない。
3のアルシャク朝ではミスラ教が優勢だったとされている。この時代にザラスシュトラ原始教団とイラン高原北西部のマゴス神官団の思想が融合しペルシア州でペルシア的ゾロアスター教の原始母体が形成された。なお、このマゴス神官団の最近親婚などの習慣もここで取り入れられたと考えられている。
4のササン朝では皇帝がペルシア州の拝火殿の神官出身ということもありゾロアスター教とのつながりが深かった。そしてササン朝においてゾロアスター教は国教の地位を得た。ササン朝は政治的にも文化的にも中央集権的であったのでゾロアスター教は国家のサポートを得て最盛期を迎えることになる。

国家の庇護の下での宣教

ゾロアスター教は皇帝の庇護化にあることから全国的に宣教ができるようになり古代アーリア人の信仰を排除していった。さらに神官団も完了組織の構成員として国家体制を支えていた。
こうしてアルシャク朝時代に土壌醸成されていたゾロアスター教は国教化に伴い聖典編纂も行われ一気に拡大することになる。

聖典編纂

当時はシリア方面にキリスト教メソポタミア方面にマニ教、インド方面に仏教が存在していた。これらの宗教は聖典を持っていたため、明確な教義体系の整備と聖典の編纂は対抗するために必須であった。
まず、原始教団の伝承を内容的に分類した。ザラスシュトラ直伝の呪文が「ガーサー」、その他の古代アーリア人の呪文が「マントーラ」、そして古代アーリア人の宗教規定が内容的に分類・整理された。さらにBC12以来のパフラヴィー語の伝承に注釈を加えて、全21巻の聖典『アヴェスター』がアベスター文字で編纂された。
このアベスター文字はギリシア文字やキリスト教パフラヴィー文字をもとに発明された文字である。発音重視の呪文であったため、編纂時のパフラヴィー文字では満足に記述することできなかったので新たにアベスター文字を開発することになった。

聖典

聖典は全21巻で、ガーサー関係7巻、マンスラ関係7巻、宗教法7巻から構成されている。イスラム教徒によって破壊され原本の70%以上は失われてしまったので、今では翻案的パフラヴィー語文献しか残っていない。

神話:宇宙創生論

マンスラ関係の聖典第1巻『ダームダード』巻に収録されている宇宙創生論は次の通りである。

2柱の争い

まず、太鼓の昔に宇宙は善なる光の神アフラ・マズダーの世界と悪なる暗黒の神アンラ・マンユの世界に分かれていた。この2つの世界の間には虛空の神ヴェーユがいたので2つの世界が交わることはなかった。しかし、悪の神アンリ・マンユが善神アフラ・マズダーに戦いを挑んだことで虛空が消えてしまい、善悪の2つの要素が交わった。これによって世界が誕生した。
衝突した2柱の神は当初はメーノーグ界(霊的次元)で争っていたが、やがて戦いの舞台はゲーティーグ界(物質的次元)で実力行使に出るようになった。このことは破滅的な戦争の勃発を意味していた。
戦いの中でアフラ・マズダーは次のような順番で善なる創造*1を行った。

  1. 天空
  2. 大地
  3. 河川
  4. 植物
  5. 家畜
  6. 最初の人間ガヨーマルト
  7. 恒星
  8. メーノーグ界の神々
  9. 星辰

6番目の創造で誕生した最初の人間ガヨーマルトは人型ではなく球形をしていたとされている。この最初の人間は暗黒勢力によってあっさりと敗北する。その後、彼の精液が大地に染み込み30年後にそこから植物が生え、その植物が初の男女のカップルとなった。このカップルがマシュヤグとマシュヤーナブ兄妹である。

マシュヤグ&マシュヤーナグ兄妹とその子孫

マシュヤグとマシュヤーナグの間に生まれた子がスヤーナグで、このスナーヤグの子がホーシャングである。ホーシャングは7州の天下を支配しアーリア人初の王朝ペシュダートの始祖となった。ホーシャング、タナムーラス、ジャムシードと王朝は続き、この3代で悪の勢力を地上から駆逐した。しかし、悪を追い出すことに成功したジャムシードは次第に傲慢となり王権の象徴であるフワルナム(光輪)を失った。ジャムシードは悪龍アジ・ダハーグに打倒されてしまった。アジ・ダハーグは7州を支配し、アーリア民族は苦しみもがく事になる。アジ・ダハーグの支配が始まってから1000年が満了する日、ジャムシードの末裔でペーシュダート朝の正当な後継者フレードーンがアジ・ダハーグを討伐することに成功した。支配権を奪還したフレードーンはその後7州を500年間にわたり支配した。
フレードーンは隠居時、長男サルムにはローマ、次男トーズにはトゥルケスターン*2、三男エーリズにはエーラーン・シャフル*3を分与した。

兄弟喧嘩の果てに

三男が受け継いだエーラン・シャフルは優良物件であったため、それを与えられなかった上2人の兄たちはキレて末弟を殺し、エーラン・シャフル支配権を奪った。この血みどろの兄弟喧嘩に際してエーリズの娘ヴェーザグは祖父フレードーンに匿われることになった。そして、例によってフレードーンとヴェーザクは祖父と孫娘という関係でありながら近親相姦に及んだ。その結果、息子マヌシュチフルが誕生し、彼は母親の仇であるサルムとトーズを討ち取った。彼はその後エーラン・シャフルを平和的に統治した。エーラン・シャフルはペシュダート朝のマヌシュチフルと次代ウザウ、カイ王朝のカイ・カヴァートと次代カイ・カーヨース、3代目カイ・ホスロー、4代目カイ・ロフラースプ、5代目カイ・ウィシュタースプが統治した。5代目のカイ・ウィシュタースプはザラシュシュトラの生きていた当時のアーリア人王であった。そしてここからはこれまでみてきたザラシュストラの教えと原始ゾロアスター教の思想が形成されてきた。

教祖伝説

『スパンド』(7巻)

  • ザラシュストラはペシュダード朝マヌシュチフル王の12代目の子孫ポルシュ・アスパの子である。→血筋よしということを言いたかったらしい。
  • ザラシュストラはメーノーグ界でアフラ・マズダーが特別に創造した栄光のフワトルナフ(光輪)がゲーティーグ界で人間の女性の母胎に降下して生まれた。→霊的世界・物質的世界の双方から祝福を受けて誕生したということが言いたいらしい。処女懐胎と受胎告知っぽいエピソード。
  • フワトルナフが人間の女性に降下することを感知したカヤクとカルブ(古代アーリア人諸宗教の神官でゾロアスター教では邪教の神官扱いをされる)はザラスシュトラ抹殺を企図するも失敗に終わった。→ザラスシュトラの誕生はアフラ・マズダーの御加護あってのイベントということが言いたかったらしい。
  • 上記のように抹殺の策謀を御加護により跳ね除けたザラスシュトラは大声で笑いながら生まれてきた。
  • 30歳の時、ウェフ・ダーイテー河畔で儀式用に水を汲んでいる時に大天使ワフマンに導かれてアフラ・マズダーと対面。ここでザラスシュトラは覚醒する。ちなみに、その後10年間で7回もアフラ・マズダーと対面している。
  • アフラ・マズダーとの初対面から12年間の放浪。
  • 42歳の時、カイ・ウィシュタースプの王国に迎えられる。そして先述の通り彼の専属神官になった。
  • 77歳で亡くなったとされている。


という流れでした。
そのほかにも時間論や存在物の分類などの話もありますが、中の人がきちんと噛み砕けていないので書くとしてもまた今度。
では。

*1:反対にアンリ・マンユの創造は悪なる創造とされ、災厄がこれにあたる。

*2:トルキスタン

*3:サーサーン朝の支配領域

ゾロアスター教について。

おはよう、こんにちは、こんばんは。

今回はゾロアスター教の世界をご紹介。
読んだ本はこちら。

ゾロアスター教 (講談社選書メチエ)

ゾロアスター教 (講談社選書メチエ)

概要

ゾロアスター教はある日を境に成立した宗教ではなく、原始ゾロアスター教とでも言える思想の原型があって、これがゾロアスター教として発展したのである。
この思想の原型はザラスシュトラ・スピターという神官により作られたものであり、いわゆる二元論的思想である点に特徴がある。
イラン・ペルシアの歴史区分は、

  • 古代オリエン時代:BC3300~BC550
  • 古代アーリア民族時代:BC550~AC650
  • イスラム時代:AC650~

と分類することができる。
ゾロアスター教が成立する以前は多神教思想が主であり、次のような神々が崇拝されていた。

  • ミスラ神(太陽神):宇宙の秩序を司る。のちにローマ帝国ミトラ教中央アジアにおける弥勒菩薩信仰へとつながっていく。なお、太陽神は多くの宗教では主神級の地位だが、ゾロアスター教では目立たない地味な神へと追いやられる。
  • ヴァーユ神:風を擬人化したもので戦闘神。
  • ウルスラグナ神:勝利を擬人化したもので戦闘神。
  • アータル神:聖火を擬人化した神。
  • アナーヒター神:河川の女神。豊穣や子孫繁栄、純潔を司る神。割と身近に感じやすい神ですね。

この多神教思想がゾロアスター教成立以前には支配的だった。

教祖

先ほどもチラッと名前が出たが、神官ザラスシュトラ・スピターマがゾロアスター教の教祖である。彼は、ハエーチャスパ族神官の家系に生まれたものの、20歳の時に多神教信仰を放棄して出奔した。その後は各地で自分の宗教観を説いて回るが、多神教信仰を放棄して説く彼の思想は受け入れられず、各地で宗教論的紛争を引き起こしていた。この時の彼の信者といえば従兄のマドヨーイモーンだけという、教祖含め二人しかいない超絶弱小宗教組織であった。42歳の時にナオタラ族王カウィ・ウィーシュタースパに気に入られ専属神官としての地位を得る。そしてこれに伴い、これまで伝統的信仰をリードしてきたアーリア人神官たちはその地位を追われた。ザラスシュトラはようやく身分の安定を手に入れたわけである。
身分を安定させた後はやることはただ一つ。そう、勢力拡大である。彼も例に漏れず政略結婚を駆使して基盤固めに勤しんだ。政略結婚の甲斐あって基盤が安定し、彼の思想は娘婿ジャーマースパが承継した。

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ザラスシュトラ*1

教え

ザラスシュトラは従来の古代アーリア人の信仰に存在した呪文に自作の韻文「ザーカー」なる呪文を加え、これを中核的儀礼において最重要呪文、聖呪とした。さらにゾロアスター教の主神で叡智の主アフラ・マズダーを生み出し、これを唯一崇拝に値する神だと主張した。

善チーム陣営と悪チーム陣営

そしてアフラ・マズダーの下に6つの天使を配置した。

  • ウォフ・マナフ(善思)
  • アシャ・ワヒシュタ(天則)
  • クシャスラ・ワルヤ(善の王国)
  • アールマティ(敬虔)
  • ハルワタート(完璧)
  • アムルタート(不死)

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アフラ・マズダー*2
そしてこれらに対立する悪の枢軸としてこのようなものを生み出した。

  • アンラ・マンユ*3(大悪魔、アフラ・マズダーに対応)
  • アカ・マカ(悪思、ウォフ・マナフに対応
  • ドゥルジ(虚偽、アシャ・ワヒシュタに対応)
  • サルヴァ(悪の王国、クシャスラ・ワルヤに対応)
  • タローマティ(背教、アールマティに対応)
  • タルウィー(熱)
  • ザリチャ(油)

最後の二つは何に対応しているのか、そもそも何者?という感じだが、まあとりあえず対応する善悪チームは作られ二元論的要素はクリアしたわけだ。
悪の枢軸チームの悪魔たちの名前は古代アーリア人の信仰していた自然神の名前ではないかという話もある。

態度の軟化

教祖ザラスシュトラは放浪中に各地で物議を醸すだけのことはあり、その教えについても強硬な姿勢をとっていた。それが如実に現れているのは悪魔チームの名前である。古代アーリア人が信仰していた神々を悪魔側につけ、その存在を否定していた。しかし、このような姿勢では支持者の増加は見込めないため、ザラスシュトラの死後は教団の態度も軟化した。アーリア人伝統の信仰との妥協を図ったのだ。まず、古代アーリア人の神々に独自の権能を与え、それぞれに対して伝統的な呪文を容認した。そしてアフラ・マズダーとその配下6天使の下位に配置した。頭ごなしに悪の陣営として否定することはやめたのである。
このような姿勢は儀式にも現れ、教祖時代の「ヤスナ」に加えて古代アーリア人多神教信仰の要素を含む「ヤシュト」が成立した。

教え

  • 現世

現世は善悪の戦いの場であり、戦士たる人間は善陣営につくのか、悪陣営につくのか選ぶことになる。善チームを選んだ場合は、「善行」に励まなければならない。*4

  • 死後

ザラスシュトラは死後について、個人の死と世界の終末の二つの世界観を持っていた。

  1. 個人の死

個人の死は善が悪に敗北した結果であるとされた。そして、肉体は滅び魂は死後4日後に頭から抜け出して天界に行くとされた。そのため、生きている者は死後3日間は悪魔払いの呪文を唱えて死者の魂を守る義務があった。
死は善の敗北によるものと考えられていたため、死体は敗北の象徴とされた。死体は外に曝すか鳥に食べさせる方式をとる曝葬で処理し、残った骨は断崖絶壁に掘った穴の中に放り込んでいた。*5
肉体を抜け出し天界に向かう魂はその道中で審判を受けなければならない。チントワの橋というところで審判を受け、現世で善行に励んだ者は広くて悠々とした道幅の橋を渡り晴れて天界入りを果たす。しかし、悪行が多かったものに対しては道幅が狭い橋となり、その魂は橋を渡ることができずに地獄に落ちるとされていた。

  1. 世界の終末

地上最後の日に地底から溶岩が溢れ出し人類は飲み込まれる。この溶岩に対する感じ方は善行を積んできたか否かで別れる。
善行に励んできた者は溶岩を「ミルクのよう」に感じ、悪行を多く行ってきた者は「耐えがたい」もののとして感じるとされている。そしてその後の善陣営vs悪陣営の戦いは善陣営側の勝利で決着し、世界は至福に包まれるとされている。(この時には世界に誰もいなくない?)
ここで問題になるのは「世界の終末はいつなのか、そしてその時に自分たちを導いてくれる指導者は誰なのか」ということである。ゾロアスター教では、終末がいつやってくるのかについては言及せず、指導者については次のように説明している。
将来、保存されたザラスシュトラ精子により処女が懐胎しサオシュヤントが生まれる。サオシュヤントは終末の時に救世主として現れて悪を滅ぼす。*6
どこかで似たような話を聞いたことがあるはず。そう、処女懐胎とメシアの話だ。
このサオシュヤントの出現はユダヤ教キリスト教のメシア思想や大乗仏教の未来思想に影響を与えたと言われている。

儀式

ゾロアスター教には主に4種類の儀式がある。

  1. ヤスナ祭式
  2. 浄化祭式
  3. 人生の通過儀礼
  4. 年中行事
  • ヤスナ祭式

これは最も重要な儀式*7で最高位の神官「ダストゥール」のみが執り行うことを許された。聖火の前でハオマ草なる植物の樹液をアフラ・マズダーに捧げる儀式である。所作実践担当の主神官1人と呪文詠唱担当の副神官2人で行う。
[必要なもの]
・拝火殿
・結界(ヤザシュナ・ガーフ)
・ハオマ草*8
・金属製の乳鉢(ハーヴァニーム)と乳棒(ラーラー)
バルスマンの小枝33枝*9
バルスマンの枝を乗せる三日月型の台(マーフ・ルーイ)
・聖なる白牛の尻尾の毛3本
・神に捧げるための牛(1頭?)
[手順]
(主)とあるものは主神官が行う所作で(副)とあるものは副神官が行うものである。

  1. 拝火殿に結界を張る。結界がないと始まらない。
  2. 聖火を中心に主神官と副神官が差し向かいで座る。
  3. (主)マーフ・ルーイ上のバルスマンの枝の束を左手に持つ。
  4. (主)白牛の尻尾の毛で環を作る。
  5. (主)犠牲の牛を屠って神に捧げる。
  6. (主)乳鉢と乳棒でハオマ草をすり潰す。
  7. (主)ハオマ草の樹液を聖火にかざす。
  8. (主)かざした樹液を飲み干す。
  9. (副)6~8の間、ひたすら呪文の詠唱。

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バルスマンを左手に持つアフラ・マズダー(右)*10

  • 浄化儀式

浄化儀式は次の3つから構成される。
・バラシュ・ヌーム:死の穢れを祓う。
・ナーフン:時季に応じて行う。
・パードヤーブ:毎日行う。

ここでは最も大掛かりなバラシュ・ヌームを紹介する。
[必要なもの]
・九日九晩の時間
・特別な結界バラシュヌーム・ガーフ
・牛の尿(ニーラング)

[手順]

  1. 結界を張る。
  2. 結界内に9つの穴を掘る。
  3. 最初の穴に全裸で潜る。
  4. 主神官が大地の女神アールマティへの呪文を詠唱しながら先がスプーンになった9節の棒ナオーガレでニーラングを穴に潜った人間にかける。平たく言えば、穴に潜った人間に神官が呪文を唱えながら牛の尿をかけているのだ。
  5. 頭にかけられたニーラングで全身を頭、上半身、下半身の順で丁寧に洗う。
  6. 穴から出る。
  7. 副神官が連れてきたお浄めの犬に触れて清める。
  8. 最初の穴でのお清め終わり。
  9. 第2~第6の穴で1~5を繰り返す。
  10. 第6の穴で体を洗い終わったら穴の外に出て、頭から砂を被り全身を乾かす。
  11. 第7~ 第9の穴で頭から真水を被る。
  12. 地上に出て服を着る。ここでようやく服を着ることが許される。
  13. 拝火殿の中の部屋(ナーン・ハーネ)に九日九晩籠り、面会謝絶で呪文詠唱*11。この間、食事は手袋をしてスプーンを使わなければならないし、詠唱も起きている寝ているを問わずに絶え間なく行わなければならない。
  14. 九日九晩にわたるお籠りを終えたらお清めの水(ナヴシュ)を浴びて儀式は終了。

通過儀礼には次のような4つがある。

  1. 15歳の成人式
  2. 男子33歳、女子25歳の結婚式
  3. 葬式
  4. 神官の叙任儀式

ここでは神官叙任儀式をご紹介。
ゾロアスター教の神官は職階ごとに叙任される。
まずは、駆け出し神官に叙任されるナーヴァルについて。
神官家系に生まれた男子のうち神官になろうとするものは神官学校にて呪文を覚える。その後、叙任式ナーヴァルを経て駆け出し神官となる。
[手順]

  1. 肉体のお清めのためバラシュヌーム儀式(先述の死の穢れを祓うための儀式)を受ける。
  2. 魂のお清めのため再度バラシュヌーム儀式を受ける。
  3. ゲウラーを行う。ゲウラーとは、2名の神官が6日間神官候補者に付き添い、6回のヤスナ儀式を行う。
  4. ゲウラー明け7日目の朝に全身白色の神官の装束に帽子を被りお披露目会を行う。
  5. 全員の前で全裸となり、肉体に汚れの象徴である出血がないことを証明する。
  6. 同席した神官全員の同意を得て叙任が正式に決定する。
  7. 6日間の断食を経て駆け出し神官(ヘールベド)になる。

なお、駆け出し神官は覚えている呪文の数も少ないし経験値もないので「弱い」神官とされている。そのため、高位の儀式を執り行うことはできない。

次に最高位の神官「ダストゥール」になるための叙任式マルタブについて。
最高位の神官ダストゥールになるためには全呪文の暗記と儀式を正確に撮り行えることが必須条件である。
[手順]

  1. 10日間のバラシュヌームを行う。
  2. 11日目にヤスナ祭式暗唱。
  3. 12日目にウィーデーウダート儀式暗唱。
  4. これらを全てクリアすると晴れてダストゥールに叙任される。
  • 年中儀式

ゾロアスター教独自の暦(1年=30日*12ヶ月+余り5日間)に従って行われる。しかし、現代では勢力分立のため計算方法がそれぞれで異なり揉める原因となっている。
年中儀式には次のようなものがある。

  1. 1月1日(春分の日を起点とする)から5日までの正月祭(ノウルーズ)
  2. 2月中旬5日間の中春祭(マヨドーイ・ザルマヤ)
  3. 4月中旬5日間の初夏祭(マヨドーイ・シュマ)
  4. 6月中旬5日間の収穫祭(パティシャワヤ)
  5. 7月中旬5日間の中秋祭(アヤーユリマ)
  6. 10月中旬5日間の冬至祭(マドヤールヤ)
  7. 年末の余りの5日間で行う祖先祭(ハマスパスマエーダヤ)

この6天使に捧げられる1~6及び祖先に捧げる7の7大例祭に加えて各神格に対して捧げる祭日が設けられている。

特に祖先祭については、日本でいう「お盆」に近い考え方で、「先祖は災厄あれば地上に降臨して自分たちを守護してくれる」という思想が彼らの中にはあった。先祖から御加護を受けるためには、祖先祭で神官に先祖の名前を名鑑をもとに延々と読み上げてもらう必要があった。さらに名鑑を読み切ると今度は原始教団時代の神話的人物まで読み上げていた。そのため全ての名前を読み上げ切るまでに相当時間がかかる儀式であった。

今回は一旦ここまで。長いね。

*1:www.vivonet.co.jp

*2:www.vivonet.co.jp

*3:「アンリ・マユ」と言われると聞いたことがある人も多いのではないだろうか。そう、Fateシリーズに登場する英霊である。あの英霊はまさにこのアンリ・マンユがモデルである。

*4:この「善行」はイラン高原西部のマゴス神官団の習慣を取り込み次第に変容。その結果、アーリア人の純血を守るため近親婚の推奨、カエルを悪の創造物とみなし毎月カエルを殺す日を設けてカエルを叩き潰すなど、不思議な習慣となった。

*5:このようなやり方は古代アーリア人の自然崇拝によれば自然を最小限度でしか汚さないやり方であったらしい。

*6:善チームはどこに行ったんだ?という疑問が湧いてきます。

*7:この儀式は①古代アーリア人の伝統的な儀式祭式の所作と②「ガーサー」及びそれに関係する呪文群で構成されていたため。ここにも古代アーリア人の慣習や信仰と折り合いをつけた涙ぐましい努力の痕跡を見ることができる。このうち②の「ガーサー」は早々に意味不明となったが、①と②は最重要儀式の構成要素であることから長年関連するものだと考えられてきた。しかし、「ガーサー」の内容が19世紀に解読されると何の関係もないことがわかった。これに対して儀式の権威を守るために神官は「意味内容ではなく声に出すことで発生する空気振動こそが結界の張る上で重要なのだ」と述べている。いや厳しいね。

*8:古代アーリア人が聖なる植物としていたものだが何の植物なのかは分かっていない。そのため現代ではシダ植物で代用している。なお、スウェーデンの古代イラン学者ニーベルクは「ザラスシュトラは麻薬でラリっていたのだ」と言って大炎上した。

*9:枝の本数は儀式の格によって決められている。

*10:hashim.travel.coocan.jp

*11:九日間籠る儀式といえば、日本では千日回峰行がある。比叡山延暦寺が行っているものが知られているが、この延暦寺天台宗大乗仏教系である。ゾロアスター教大乗仏教に影響を与えたと言われているが、この千日回峰行も影響を受けたものの一つなのかもしれない。

読んだ論文:色を識別できるタコがいる?

こんにちは。
こないだからタコの話をまあ色々みているわけなんですが、今回はその中でも興味深かったものをご紹介。
それがこちら。
www.jstage.jst.go.jp

以前、『タコの教科書』の紹介をした際に、タコは色盲であるという話が出てきたが、そんな色盲のタコの中にも色の識別ができる種がいるらしいぞという論文を紹介してみる。

では内容の紹介に。

概要

スナダコとマダコを使って、タコが色の弁別を行えるのかを調査。
青球に触れると餌をもらえるということを訓練で学習させてから、青球と白球、青球とグレー球をタコに提示し、青球を選ぶ個体数を調査した。
実験の結果、「スナダコが色覚をもつ可能性が高い」と結論づけた。

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スナダコの勇姿*1
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マダコの勇姿*2

詳細を以下にまとめる。

実験に用いた個体と実験方法

実験個体には、スナダコ5個体(#1~#5)とマダコ7個体(#1~#7)を用いた。
実験は大きく3段回に分けて行われた。

予備訓練:青球を見せられたら触れるということを学習する。

まず、タコに青球を呈示し、これに触れてから餌を捕るという訓練を行った。
訓練に用いた球を青色にしたのは、タコの感光色素のピーク波長が470~475nmにあり、青球の反射スペクトルのピーク波長が460nmだからである。(下図参照)

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色の反射スペクトル(NPO法人True Colorsより)*3 
この予備訓練により青球を呈示されると触れるということを学習させた。

弁別訓練:2つの色球を弁別する。

この弁別訓練では、予備訓練で学習済みのタコに対して、正刺激物として青球を、負刺激物として白球及びグレー球を用いた。スナダコとマダコ#1~#4には青球と白球を、マダコ#5~#7には青球とグレー球(下図G1)を呈示した。タコに2つの異なる色の球から青球を選ばせることで、2つの色球を弁別することを学習させた。

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青球と白球及びグレー玉の反射スペクトル

移調試験:コントラストを変えても弁別できるのかを調べる。

弁別訓練で用いた色球は青球と白球、グレー球G1であり、明度が大きく異なっている。したがって、仮に色盲であったとしてもコントラストで見分けることができる。そこでグレー球のコントラストを変化させてタコに色球を呈示した。もし、タコに色覚があればグレー球のコントラストに関係なく青球を選択するはずである。色覚がなければ、青球に近い明度の時はグレー球と青球の選択がランダムになると考えられる。この前提で移調試験を行った。なお、青球の有意選択基準(ちゃんと見分けているとする基準)は正反応率(青球を選ぶ確率)80%以上or20%以下としている。反応率が高いほど青球に選択が偏ったことになり、逆に低いほどグレー球に選択が偏ったことになる。*4
この実験においては、スナダコとマダコ#1~#4(訓練で白球を呈示された個体群)には不刺激としてグレー球G1, G3,G5を使い、マダコ#5~#7(訓練でグレー球G1を提示された個体群)にはG2~G5を用いた。
先の訓練同様にこれらの球を青球と同時に示して、青球を選択するのかを調べた。

結果

以下、色の組み合わせを(B,G)で表記することとする。例えば、青球とグレー球G1の組み合わせであれば(B,G1)と書く。

  • スナダコ

正反応率は、(B,G5)であれば最低80%であり「常に青が有意に高頻度で選択され」る。(B,G3)であれば40%が1個体、70%が1個体、残り3個体が80%を超えた。(B,G1)では1個体が摂餌停止のため実験に参加していないが、残る4個体については、1個体が80%、残る3個体が70%であり、「高位で」青を選択した。
この結果から、「スナダコの色球弁別学習は明度の違いに基づく弁別であった可能性は否定される」としている。

#1の弁別訓練と移調試験の結果及びスナダコの実験の結果はこんな感じになったそう。
上のグラフからわかることは、スナダコ#1は弁別訓練で7セット目以外では高位の成績を収めている。また、移調試験においても最低80%という成績を示している。したがって、#1は有意に青色を選択していると言える。
スナダコ#1~#5について見てみると、(B,G1)ではランダムまたは青色に偏り、(B,G3)は高位に青色に偏り、(B,G5)は青色を有意に選択している。

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#1の反応率の時系列とスナダコ#1~#5の実験結果

  • マダコ

正反応率は、#1~#4において(B,G1)で30%~90%で青球の選択はランダムか青色に偏った。(B,G3)では10%~60%, (B,G4)では0%~70%でランダムか灰色に偏った。(B,G5)では30%~100%でランダムか青色に偏った。
この結果から、「明度によって選択行動が変化したことにより、マダコの色球弁別学習が明度の違いに基づく弁別であった可能性は否定できない」としている。つまり色ではなくコントラストで見分けているのではないかと考えられるということだ。

個体#5の正反応率の時系列とマダコの実験結果は次の通りになったそうだ。
トライアル回数がスナダコよりも多い理由は、マダコは反応が不明瞭ゆえだそうだ。
さて、この結果をみると#5はG2で選択がほぼランダムに、G3でグレーに偏り、G4でランダムまたはグレーに偏り、G5でランダムまたは青色に偏りがあると言える。したがって、#5に限って言えば「色で判別していないだろう」と言える。
全マダコについてみると、(B,G1)ではほぼランダムまたは青色に偏り、(B,G2)ではほぼランダム、(B,G3)ではほぼランダムまたはグレーに偏り、(B,G4)ではほぼランダムまたはグレーに偏り、(B,G5)ではほぼランダムまたは青色に偏りがあると言える。
偏りについて見てみると、グレーに偏りが見られたG3,G4は青色に近い明度である一方で、青色に偏りが見られたG5は明度が青色と大きく異なる。したがって、訓練時に学習した青色のコントラストを基準にして見分けているのではないかと言える。そうであれば、青色と近い明度であればコントラストを見分けにくくなるというのも納得である。
選択も偏りがあるもほぼランダムことから有意に青色を弁別しているとは言えない。

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個体#5の正反応率の時系列及びマダコ#1~#7の実験結果

ちなみに

マダコの感光色素は1種類しかいないことが知られている。今回の実験はそのことに矛盾しない結果となった。
余談だが、ホタルイカは色覚があり、カジキやマグロ、カツオは色盲であることが知られている。

今回はここまで。面白い世界ですね。

*1:www.seaeggdivers.com

*2:www.seaparadise.co.jp

*3:NPO法人True Colors www.truecolors.jp

*4:ここで注意しないといけないことは、各個体のトライアルに対して「色の選択は80%になったことがあれば青色に、20%以下になったことがあればグレーに偏っている」とされ、それ以外であれば「選択はランダムになされる」とされる点である。正反応をした個体の割合を表しているわけではなく、また複数回のトライアルのうち正反応をしたトライアルの割合を示しているわけでもない。

読んだ本の話:タコのあれこれ

ゐゑーーーーーーゐ!
今日は読んだ本をざっくり紹介する。

タコの教科書

タコの教科書

この本は発生学や生理学、学習と行動に関する研究などの生物学的な研究から明らかにされたタコの能力や生態の紹介から、古代以来の人間の食生活との関わり、また映画や小説などの文化的な関わりを全7章に分けて紹介している。
春画をはじめとする芸術に登場する一方で、政治的なプロパガンダに「悪」の権化としてタコが使われたことなどからタコへの様々な捉え方を紹介している。

この中で面白かった話を一部だけご紹介。

タコは色盲

タコは体表の色を変えることができる生物として有名だが、どうやら周囲の色を把握してその色に合わせているわけではないようだ。なぜなら、タコは色盲で色を認識できないとされているためである。詳細は後日、他の研究成果について調べてから再度まとめようと思う。
ただ、タコは色盲であるとされている*1*2からと言って視覚が劣っているわけではない。タコの眼は非常に優れており、明るさ・大きさ・方向感覚(水平・鉛直)の認識や典型的幾何学模様の識別ができる。さらに、タコには個体ごとに「利き眼」があり、外界認識時にはこの利き眼を使っているという。このような「側性化」は脳の左右非対称性を示すもので脊椎動物にのみ見られるものとされていたが、無脊椎動物のタコもこのような性質を有している。

タコには個性がある?

ハーバード大薬理学部の教授ピーター・B・デューズが「オペランド行動」を無脊椎動物がどの程度できるのかを研究していたが、彼は実験に使っていたタコ3匹にアルバート、バートラムそしてチャールズと名前をつけていた。アルバートとバートラムは実験に協力的だったが、チャールズは反抗的だった。実験に使っていた道具を使い物にならないようにしただけではなく、水槽前を通りがかる人間に誰彼構わず水をジェット噴射していたそうだ。
他にも頭足類愛好家向けサイトtonmo.com*3でタコ飼育法に関するフォーラムの管理人ナンシー・キング曰く、玩具で遊びたがるタコもいれば貝殻を選り分けることを好むタコもいるそうだ。そして、玩具で遊ぶにしても積木が好きなタコもいればプラ製玩具やストローを組み上げることが好きなものまでいるらしい。

タコも認知症になる?

タコは生殖(交接という)を終えると不思議な行動をとるらしい。
オスは交接後、餌を取らなくなり、また巣に隠れることもなく過ごすようになる。餌を取らず弱っていき、筋肉の制御ができなくなり病的なマダラ模様が体表に浮かび上がってくる。こうしてカモフラ能力や狩りの能力といった生存本能を放棄して衰弱死する。
メスは交接後、直ちにオスからもらった精莢を卵に受精させるとは限らない。ランが成熟するまでは輸卵管に精莢をキープしている。卵が成熟し受精すると産卵をするが、卵を産みつけると今度は見張りと世話をする。メスは卵に新鮮な海水を送り、巣穴をきれいに保つ。このように卵にかかりっきりになりメスもまた餌を取らなくなる。孵化する際には母ダコは衰弱し切っておりそのまま死を迎える。
リビアンツースポットオクトパスのメスの観察によって餌の食べ方を忘れてしまったのではないかと思われる行動が確認されいる。巻貝を食べる際に穴を開けて食べるのが普通なのだが、産卵後のメスは穴を開けようとはせずに無理やり貝の身を引っ張り出そうとする。このやり方では成功率は低くなり徐々に食べる量が減る。
このような認知症ともいえる行動には内分泌腺である視柄腺が関与していると考えられており、視柄腺を切除されたメスは再び穴を開けて食べるようになる。*4*5*6

タコはバテやすい?

タコは体力がないそうだ。敵から逃げるタコはひたすら泳ぐのではなくバッと逃げて一瞬で周囲に溶け込む。また、交接の時もジタバタ動かないし心拍数も安静時と変わらない。これはタコの血液が青いことに由来する。タコやイカの血液が青いのは中学生でも知っているが、なぜ青いのかというとヘモシアニンという成分が酸素と結合すると青くなるからだ。このヘモシアニンは人間などが持つヘモグロビンと比べて酸素との結合力が弱い。そのため、タコは長時間動き続けると酸欠になってしまう。交接時にあまり動かないのもこれが理由とされている。タコの多くは一生で一回の産卵しかしない。一世一代の大イベントでむやみやたらに興奮して酸欠でコケるわけにはいかない。*7*8

タコレシピと食通

タコについてはアリストテレスがコメントを残しているほど古くから知られていた。*9
そんなタコだが、古くから食べられていた。そしてタコ料理のレシピも残っている。例えば、

  • 『Llibre de Sent Sovi』(14C半ば)
  • 『Lilibre del coch』(16C初め)
  • Opera dell'arte del cucinare』(16C後半)

などがある。
なお、日本のタコ食文化についても言及があったが、気になる一節があった。読売新聞に掲載されたものだそうなのだが、

消耗する夏の暑さに打ち勝つために、関西人の間ではタコを食卓に出す習わしがある。関西地方にはタコを食べるとたちまち元気が回復すると信じている人が多いため、7月2日を非公式にタコの日と名づける動きが出ている…

というのは本当なのだろうか…


今回はここまで。
面白かったトピックについて紹介し、関連しそうなリンクをつけておきましたので興味を持った人はぜひ読んでみて。
『タコの教科書』は非常にまとまっていて読みやすいので、リンク先の話を読む前にこっちを先に読んでおくとすんなりと論文などを読めるかも。そして参考文献もたくさん載っているので手を広げやすい。

*1:natgeo.nikkeibp.co.jp

*2:www.jstage.jst.go.jp

*3:www.tonmo.com

*4:視柄腺に関する研究 https://www.jstage.jst.go.jp/article/nl2001jsce/2005/119/2005_119_119_12/_pdf/-char/ja

*5:タコの母性と視柄腺の関係について。 www.sciencealert.com

*6:日本語まとめ。 news.nicovideo.jp

*7:例外的な種が発見されている。 www.afpbb.com

*8:www.calacademy.org

*9:アリストテレスは『動物誌』においてタコについて几帳面で倹約家だが、愚かで賢くないと述べている。

読んだ記事:肺がんにクリティカルな薬が開発?

こんな記事を読んだ。
最近は宇宙関係の話かがん治療をめぐる遺伝子関係の話ばかり追いかけている。本業は何処へ…
www.newscientist.com


細胞の成長を司るタンパク質に関係するKRAS遺伝子の変異は細胞の成長を制御不能にしがんを引き起こすと考えられている。
今回,このKRASタンパク質によく見られるG12C変異にヒントを得て,選択的に変異したタンパク質に結合しその働きを止めるがん治療試験薬AMG510を開発した。
マウスに高容量投与したところ,10匹中8匹でがんが治癒した。ガンが癒えたマウスにがん腫瘍細胞を注射しても腫瘍の発達が見られなかったことから,この薬は免疫系に作用していると考えられている。
そこで非小細胞癌(肺がんの一種)患者4人に対して,1人には360mlを,他には180mlを投与した。6週間後に腫瘍の大きさをみると,180ml投与された患者の1人は34%縮小し,360ml投与された患者は67%縮小した。残る2人には変化はなかった。

この成果により今後遺伝子のプロファイリングとともに個人に最適なガン治療が実現できるのではないかと期待されている。