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てんかんに伴う精神症状に対する効果的な薬とは…

こんにちは。
今回はてんかん併発症の精神症状に対する効果的な薬を検討した論文を読んだお話です。
わからない言葉だらけでしたが、自分なりに噛み砕いてみました。また、精神症状に対する薬の検討までを今回は紹介し、情動機能障害のメカニズムの解明に関する検討は省略します。
医学的に正しく咀嚼されていることを保証するものではありません。
読んだ論文はこちら。今年出されたものです。
www.jstage.jst.go.jp

概要

この論文は、実験マウスを用いて行ってきた、てんかんにより誘発される精神症状の研究とその治療薬の検討について述べている。
実験によりてんかんが協調運動や運動記憶、長期記憶、情動機能及び社会性行動に影響を与えている可能性が示唆された。また、てんかんと併発する精神症状についてα4β2ニコチン受容体作動薬が症状を改善する可能性についても述べている。

実験内容

モデルマウス

今回の実験にはモデルとしてキンドリングモデルと対照(vehicle)群を用意した。キンドリングモデルはてんかんを患ったマウスである。
このキンドリングモデルには非競合的なGABAA受容体拮抗作用のあるペンテトラゾール(pentylenetetrazole: PTZ)を投与*1し、対照群には生理食塩水(Saline)を投与した。

てんかん動物の主な症状

てんかん動物に見られる主症状は痙攣である。これにより自発運動量の低下や筋力の低下が引き起こされる可能性がある。そこでこれらの低下が見られるのかを次の実験で調べた。

3つの実験

自発運動量や筋力の低下が見られるか否かを次の3つの実験で調べた。

  • Open Field Test:OFT

探索行動など自発的行動を調べるための一般的な実験。

  • Muscle Relaxation Test:MRT

具体的に何をしたのかはわからないが、いわゆる筋力テスト(ワイヤハングテストなど)を行ったものと思われる。

  • Rota-Rod Test:RRT

回転する棒の上にマウスを乗せて運動能力を調べるための実験。

この結果、OFTとMRTにおいては、キンドリングモデルと対照群の間に有意差は見られなかった。したがって、てんかんによる自発的運動量や筋力の低下は見られなかった。
RRTでは有意差が見られ、キンドリングモデルは落下時間の短縮が見られた。そのため、てんかんにより協調運動や運動学習上の障害が引き起こされている可能性が示唆された。

論文にある実験以外でマウスに対して行われる様々な実験はこちらを参考。*2

てんかんが記憶に与える影響を調べる

2つの実験

てんかんが記憶に与える影響を調べるため次の2つの実験が行われた。

  • Y-maze test*3

短期記憶について調べるための実験。マウスをY字型の迷路に入れると直前に探索したアームとは異なるアームに進もうとする性質を利用したもの。
実験の結果、短期記憶の評価指標Spontaneous Alternationについて両群に有意差は見られなかった。つまり、短期記憶においては健全なマウスと差がなかった。

  • Novel Objective Location Test:NOLT*4*5

長期記憶を調べるための実験。マウスが見たことのないものに対して時間をかけて探索する性質を利用したもの。マウスが入るフィールドの中に物体を複数配置し、その後物体の配置を変える。そこにマウスを入れると、前回探索の記憶が残っていれば配置が変わっているので時間をかけて探索を行う。これを以てマウスの記憶保持能力を評価する。
実験の結果、対照群が記憶を保持していた物体配置条件においてキンドリングモデルには有意な探索時間の延長が見られなかった。つまり、異なる配置に対して元の配置と同じリアクションをとったということ(=前回配置の記憶を保持できていないということ)で、このことは長期記憶についてはてんかんがネガティブな影響を与えていることが示唆された。

ここまでの結果

てんかんは、

  • 自発的運動量や筋力の低下は起こしていない
  • 協調運動や運動学習の障害を引き起こしている可能性がある
  • 長期記憶能力の低下を引き起こしている可能性がある

ということがここまでの結果。

てんかんが情動機能に与える影響を調べる

2つの実験

てんかんが情動機能にどのような影響を与えるのかを評価するため、次の実験を行った。

  • Forced Swim Test:FST

水を張った容器やチューブのなかにマウスを入れる。しばらくは水から脱出しようともがいているがやがて諦めて動かなくなる。鬱などのネガティブな感受性の測定に用いる。平たく言えば、助けもこない絶望的な環境に放り込んだらどのくらい足掻くのかをみる。鬱傾向が強ければ何もしない時間が長くなる。
実験の結果、両群において動かない時間(不動時間)に有意差は見られなかった。
そこでキンドリングモデルに神経物質を輸送するトランスポーターの阻害薬であるブプロピオン*6やアトモキセチニン*7を投与したところ、低容量の段階で不動時間の短縮が認められた。
この結果より、てんかんマウスの鬱症状自体は変化していないが、神経物質を運搬するトランスポーターがてんかんにより何らかの影響を受けている可能性が示された。

  • Elevated Plus Maze Test:EPMT

高所に十字形の通路があり、うち2本のアームには壁が、残りの2本は壁なしの通路のみとなっている装置を用いる。マウスが高所に対して不安や恐怖感を示すことを利用し、不安の感受性の測定を行う。
実験の結果、壁なしのアームへの進入回数・滞在時間がキンドリングモデルにおいて有意に増加した。このことはキンドリングモデルの不安の閾値が上がっていることや不穏症状*8に近い状態にあることを示唆している。

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elevated plus maze(wikiより)

てんかんが社会性行動に与える影響を調べる

次に社会性行動への影響を調べるために次のような実験Three chamber Social Testを行った。
なお、健全なマウスは空部屋又は会ったことのあるマウスのいる部屋と見知らぬマウスがいる部屋を示されたとき、見知らぬマウスの部屋により長い時間滞在する。

  1. 空部屋と見知らぬマウス(stranger1)のいる部屋を示される

この時、対照群はマウスstranger1のいる部屋により長く滞在したが、キンドリングモデルは両部屋の滞在時間に有意差は見られなかった。

  1. 先の実験で会ったマウスstranger1のいる部屋と見知らぬマウスstranger2のいる部屋を示される

対照群はstranger2のいる部屋により長く滞在したが、キンドリングモデルには両部屋の滞在時間に有意差は見られなかった。
これによりてんかんにより社会性行動に影響が及ぼされていることが示唆された。

併発した精神症状に対する薬を検討する

てんかん患者には、てんかんによる情動障害として自閉症ADHDを併発する傾向が見られる。自閉症には皮質下のα4受容体の発現が低下していることという報告がなされている。ADHDについてはα4β2ニコチン受容体作動薬が奏功した事例が報告されている。そこでキンドリングモデルにα4β2ニコチン受容体作動薬であるABT-418を投与しその影響を調べる。

  • RRTでの効果

キンドリングモデルの落下時間が短縮は用量依存的にかつ有意に改善した。

  • EPMTでの効果

壁なしのアームへの滞在時間が対照群に比べて有意に長かったが、これが改善された。

  • TCST

実験1/2ともに社会性行動に改善が見られた。
以上により、α4β2ニコチン受容体作動薬ABT-418にはてんかん併発型の精神障害に奏功する可能性が示された。

というお話。

*1:PTZは痙攣誘発薬のこと。要はてんかんの症状を誘発させる薬。 plaza.umin.ac.jp

*2:www.fujita-hu.ac.jp

*3:muromachi.com

*4:www.sophia-scientific.co.jp

*5:同様の実験Object Recognition Test:ORTの映像www.jove.com

*6:抗うつ薬の一種

*7:ADHD薬の一種

*8:下記サイトによれば、『患者が穏やかな状態でないこと、あるいは興奮することが予測できる状態にあること』を指す。 www.almediaweb.jp