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視柄腺と生殖に関するホルモン

こんにちは。
今回もタコの話です。読んだ論文はこちら。
www.jstage.jst.go.jp

視柄腺については、タコの母性に関わっているらしいという話を『タコの教科書』で見ました。その時のエントリがこちら。
make-a-progress.hatenadiary.jp

で、今回の論文はその視柄腺とホルモンの関わりを調べたというところです。では。、いってみよー。

前提

タコなどの軟体動物の話に入る前に、脊椎動物の性成熟について見ておく。
脊椎動物の性成熟は視床下部-脳下垂体-性腺軸によって制御されている。視床下部から性腺刺激ホルモン放出ホルモン(Genadotropin)が分泌され、それが脳下垂体に作用し性腺刺激ホルモン(Genadotropion-Releasing Hormone:GnRH)が分泌される。例として卵胞刺激ホルモンや黄体形成ホルモンがある。そして、GnRHが性腺に作用して性ホルモンが分泌される。

メラトニンと生殖腺

鳥類においてメラトニンが性腺刺激ホルモン抑制ホルモン(Genadotropin Inhibitory Hormone)の産生を促進していることがわかっている。このメラトニンは光刺激によって産生が調節されており、光刺激が強ければメラトニンはより産生されるので性成熟は抑制される。

神経の構成

盲目と生殖器官の発達

タコを用いた光刺激と性成熟の制御に関する実験がWellsらによって行われており、その成果が1959年に発表されている。
未成熟の雌ダコの視索や視神経を切って盲目にしたところ、卵巣が切断前に比べると5週間で100倍近くに成長し体重比で1/500から1/50まで発達した。雄タコについても雌ほどではなかったがやはり生殖腺が発達した。
一方で視柄腺を切除すると雌雄ともに生殖腺の発達は見られなかった。そこで視柄腺は生殖腺の発達に関与しており、脊椎動物の脳下垂体に相当すると考えられた。
そこで、視柄腺と光刺激の関係を調べるために次のような実験を行った。
そこで4パターンの切断・除去を実験した。

4パターンの実験

実験ではタコを盲目にするにあたり、4通りの処置が取られた。

  1. 視索を脳と視柄腺の間で切る
  2. 視神経が到達する脳下脚葉という箇所を切除
  3. 視索を視柄腺と視葉の間で切る
  4. 視神経を視葉と眼球の間で切る

この結果、いずれのケースでも生殖腺の発達が見られた。
片側のみの切断であっても、視柄腺が切られた側でのみ発達し切られなかった側では変化がなかったことから、視柄腺の発達は神経性調節によるものと判明した。

神経の走り方

神経の走り方としては、視神経は視葉→視索→脳下脚葉に入る。この神経は視索から視柄腺に直接入らない。脳下脚葉から出る視柄腺神経は脳下脚葉→視索→視柄腺へと入る。よって、光刺激は視神経で受容したのち、視葉→視索→脳下脚葉に至り、光刺激により活性化された視柄腺神経を通じて視柄腺へと至る。そして刺激が強ければ生殖腺の発達は抑制される方向に働くということになる。
この視柄腺は星状細胞と支持細胞、そして密集した血管によって構成されている。星状細胞は成熟すると未成熟時の約10倍の大きさになる。この視柄腺は2つのシナプスを持っている。それが軸索間をつなぐシナプスと軸索と腺細胞をつなぐシナプスである。しかし、成熟すると軸索間をつなぐシナプスは消失することがわかっている。
これより、軸索間をつなぐシナプスによる成熟に抑制的な神経と軸索と腺細胞間をつなぐシナプスによる成熟を促進する神経の存在が示唆されたことになる。
また、活性化した視柄腺から抽出した成分を試験管内で卵巣に作用させると濾胞細胞においてタンパク質の合成を始めた。これによって視柄腺に由来する性腺刺激ホルモン放出ホルモンの存在が示唆されたことになる。

視柄腺を染色する

前提として、コウイカの視柄腺を支配する神経は、軟体動物によく見られるFMRFamideの抗体で染色可能であるという事実がある。

oct-GnRH

前提をもとに、Di Cosmoらはマダコを使って、FMRFamideの抗体とchicken GnRH-I抗体を用いて視柄腺と視柄腺を制御する領域を免疫染色した。
その結果、FRMFamideに対しては、陽性反応を示した細胞が脳下脚葉に存在し、視柄腺神経に陽性シグナルが見られた。FRMFamideはカイコの脱皮ホルモンの合成を抑制することがわかっている、いわば抑制に働く物質である。*1
一方、chicken GnRH-I抗体に対しては、陽性反応を示した神経は後嗅葉から視柄腺にかけて見られ、腺細胞周辺に神経終末があった。
以上の結果から、視柄腺はFMRFamide抗体に陽性を示す神経とchicken GnRH-I抗体に陽性を示す神経によって二重の支配を受けていることがわかった。
著者らはテナガダコとマダコを使って、脳に含まれる活性ペプチドを調査した。その結果、心拍の増強に顕著な活性を示すペプチドは脊椎動物のGnRH構造に共通している特徴を有していることがわかった。
タコは12残基のペプチドを有していて、著者らはこれをoct-GnRHと名付けた。このoct-GnRHの前駆体は脊椎動物のGnRH前駆体と構造が同じであった。
そこでこのoct-GnRHに対して免疫組織化学による観察並びにin situ hybridization実験を行った。免疫組織化学による観察では、脳下脚葉に陽性の繊維と細胞が存在し、視索にも陽性を示す神経が密に見られた。これは脳下脚葉から視索にかけてoct-GnRHが存在することを意味し、脳下脚葉においてこのホルモンが分泌されている可能性を示唆している。in situ hybridization実験では前駆体mRNAの発現を示す細胞体が脳下脚葉に見られた。
また、oct-GnRHは卵管と卵管球にも陽性反応を示す神経が存在しており、卵管の自動収縮を増大している。
この様に脳下脚葉などから分泌されている感じがしていたのだが、視柄腺を見てみると星状細胞の細胞質内にもoct-GnRHが見られた。これはoct-GnRHが視柄腺によって分泌されている可能性を示している。
が、しかし、この問題もタコの細胞構造を考えると解決しそうである。というのも、タコの星状細胞には粗面小胞体や分泌小胞がない。そして、観察によって、oct-GnRHは細胞内に取り込まれたのち、蓄積されてやがて血液中に放出されることが明らかになっている。この事実からoct-GnRHは星状細胞内で分泌されたものではないと言えそうである。
Di Cosmoらによると、雌雄のマダコの生殖腺には、プロゲステロンや17β- エストラジオール、テストステロン、性ホルモン結合タンパク質などが存在していることが明らかにされている。プロゲステロンは雌の貯精嚢内の精子を活性化する役割を持っているとされており、また精子の先体反応を誘導していると考えられている。この貯精嚢周辺においてもoct-GnRHの陽性反応が検出されている。

結論

これらの観察と実験を踏まえると、生殖腺の成熟には脳下脚葉-視柄腺-生殖腺/後嗅葉-視柄腺-生殖腺のラインが脊椎動物でいう視床下部-脳下垂体-生殖腺のラインと同様の役割を果たしており、oct-GnRHはこのラインにおいて重要なホルモンであることがわかる。
特に脳下脚葉へ強い光刺激が需要されると視柄腺に抑制的な働きを引き起こさせ、生殖腺の発達が抑制されるということでした。性成熟の抑制に視柄腺が関与しているのならば交接後のメスの視柄腺を除去すると交接前(成熟前)と同様の行動を取る様になるということも納得が行きますね。